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基本情報
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住所 |
埼玉県上尾市堤崎329 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
JR川越線西大宮 徒歩32分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
048-725-2069 八枝神社 |
FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御祭神 |
軻遇突智命、倉稲魂命 |
創建・建立 |
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旧社格 |
旧村社 |
由来 |
境内掲示板
愛宕神社
上尾市堤崎三二九
祭神・・・軻遇突智命、倉稲魂命
堤崎村は天正の末徳川氏の有となり、代官が所轄した。寛永二年(一六二五)阿部備中守の領地となっている。
当社は、社伝によると、元禄十年(一六九七)のころ、村内に悪病が流行した折、これを鎮めるために創祀したものであるという。また、『風土記稿』堤崎村の項には、当社は地蔵院の境内社として載り、「愛宕社 勝軍地蔵を安ず、是は加州大聖寺の禅苗和尚と云が刻める所なり、此僧は近来の人なればことに彫刻にたくみなりといへり」とある。
地蔵院は、宝珠山と号した曹洞宗の寺院で、開山と伝わる一線斎は明暦三年(一六五七)四月に示寂している。神仏分離に伴い、明治五年(一八七二)に廃寺となり、現在、堤崎自治会館前に建つ地蔵堂(「本尊様」と呼ぶ)の中に、地蔵尊座像が、閻魔大王・大日如来像と共に納められている。
また、当社の神楽殿に掛かる消防の半鐘として使用されている鐘には「武州足立郡堤崎村 本山永昌現住百川朝叟代 宝珠山地蔵院什物 世話人安藤善右衛門 天保十二辛丑年(一八四一)十一月吉祥日」と刻まれており、往時を偲ばせる。
当社は、明治初年に稲荷社三社、熊野社を合祀し、同六年四月に村社となった。昭和三十六年、旧来の社殿の傷みが著しかったため、氏子全員の協力により本殿・拝殿を新築した。
祭礼は一月の歳旦祭、三月の初午祭、七月の八雲神社例祭(祇園祭)、同二十四日の例大祭、十月のお日待ちの年五回である。
境内社として「疱瘡社」「八雲社」を祀っている
宮司連絡先:〇四八(七二五)二〇六九
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神社・お寺情報 |
上尾市指定 無形民俗文化財
堤崎の祭りばやし
(保持団体)堤崎はやし連
上尾市やその周辺地域には、江戸の神田ばやし系統の祭りばやしが伝承されており、いずれも大太鼓1人、小太鼓2人、すり鉦1人、笛1人の5人1組で編成されている。
堤崎の祭りばやしは、神田ばやしの系統の一つである木ノ下流祭りばやしをもとに、明治時代の初めに堤崎の吉沢菊次郎が手を加えて編み出したと伝えられている。独自の流派として形成された堤崎流のはやしは、市内西部や川越地方の祭りばやしの中心的存在の一つとして、市内では畔吉、中新井、平方新田などに伝授されている。演奏曲目には、屋台、鎌倉、四丁目、神田丸、昇殿、宮昇殿、岡崎、数え歌、子守唄があり、付属芸能として、獅子やひょっとこなど、神楽の面芝居のような寸劇もある。
現在、堤崎の祭りばやしは、 七月一四日に近い日曜日に行われる堤崎の天王様などで上演さ れている。また、堤崎地区では山車を1基所有しており、この山車の上で演奏することも可能である。
上尾市教育委員会
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例祭日 |
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神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2020/03/07 17:33:24
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