3.0
薬王山東厳寺大正院
埼玉県本庄市本庄2-4-8
みんなの御朱印
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(サヨナラ王子さん)
 52
御朱印日:2016年1月16日 11:39
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(サヨナラ王子さん)
おすすめ度:
★★★
0
 118
参拝日:2016年1月16日 11:40
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基本情報
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| 住所 |
埼玉県本庄市本庄2-4-8 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
JR高崎線本庄 徒歩6分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
0495222468 |
| FAX番号 |
0495231576 |
| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
真言宗智山派 |
| 創建・建立 |
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| 由来 |
境内掲示板
大正院
所在地 本庄市本庄二ノ四ノ八
大正院は、真言宗智山派に属し、天正十一年(一五八三)権律師正算の開山であり、栗崎宥勝寺の末寺で、本尊は大日如来である。
当寺は、初め薬王山瑠璃坊と称したが、その後、大正院と改めた。
現在の本堂は、昭和四十年に新築したもので、本堂と相対して不動堂と薬師堂がある。薬師堂は、旧本堂である。また、不動堂には、寺宝である不動剣が納められている。
この不動剣は、不動堂が建立されたとき奉納され、本尊と共に奉拝されていた剣で、本庄宿に居住していた刀匠によって鍛えられたものである。長さは、五十・二センチメートルで、目くぎ穴一個、銘文は表に「長谷部若狭守国治作」裏に「正目剣、慶応三年二月吉日」と刻まれている。
なお、この剣は、昭和五十四年に本庄市指定の文化財となっている。
昭和六十一年三月
埼玉県
本庄市
新編武藏風土記稿
兒玉郡本庄宿
大正院 新義眞言宗栗崎村宥勝寺ノ末 藥王山東嚴寺ト號ス 本尊大日 開山正算天正年中草創ナリ 鐘 明和二年ノ鑄造ナリ 社宮司社 住吉社 藥師堂 觀音堂 |
| 神社・お寺情報 |
武州本庄七福神・銭洗い弁財天
境内掲示板
大正院鐘楼梵鐘の由来
大正院鐘楼の梵鐘はその銘に「元禄十四辛巳歳黄鐘廿八日 武州豊嶋郡江戸櫻田 浄土真宗高田門流靜龍山澄泉寺 第三世慈保院心順 願主新橋伊勢屋弥左衛門 有無両縁勸進之檀越 再建 文化八辛未歳初冬廿二日 第九世德聚院舜賢」とあります
この鐘は先の大戦において供出され、終戦後下げ渡しにより当山の梵鐘として今日に至っております なお当山の元の梵鐘も戦時中に供出されており、その行方は今も分かりません
戦後長らく、この梵鐘の元の所有寺院は不明でしたが、平成十七年十月、人づてに話を聴いたと、都内港区赤坂にある浄土真宗靜龍山澄泉寺のご住職がご来山、銘を確認されました
お話によれば、澄泉寺は江戸期に今の千代田区桜田門付近に創建され、ほどなく現在地の赤坂に移転したそうです 梵鐘の銘にある「櫻田」は創建地の証とのことでした 戦後六十年の時を経て梵鐘の由来が判明しました
ご縁あって当山に来た梵鐘ですが、元の所有寺院が判明した以上、返還の意をお伝えすると、ご住職からは「私のところもすでに新しい鐘があり、こちら様も元の鐘の行方は分からずじまい お互い戦争の犠牲です どうぞ大切にお使い下さい」と、誠に有難いお言葉をいただきました
戦後七十五年の本年、改めて往時の人々の苦難に思いを致し、戦没者のご冥福と我が国、世界の平和を祈りつつ、ここに当山梵鐘の由来を記して永く後世に伝えるものです
令和二年十月
藥王山東嚴寺大正院 |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2025/11/29 15:25:27
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