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基本情報
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| 住所 |
埼玉県さいたま市見沼区深作3-38-1 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
東武野田線七里 徒歩24分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
0486830917 |
| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
曹洞宗 |
| 創建・建立 |
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| 由来 |
新編武藏風土記稿
足立郡深作村
寶積寺 曹洞宗 大成村普門院末 深作山延命院ト號ス 本尊ハ延命地藏ナリ 開山實州參和尙ハ寬永六年四月廿五日寂ス 開基ハ密庵俊茂寂年ヲ失ス 境內ニ八木橋大膳ト云モノヽ墓アリ 碑面ニ大住院法庵全昌居士天正十八年五月廿三日ト彫レリ コノ墓モトハ本山ノ境內ニアリシヲ後此地ヘ改葬セシト云 コノ大膳ハ名主惣吉ノ先祖ニテ 下總國八木橋村ノ人ナレハ 在名ヲ以テ己カ氏トシ 太田十郞氏房ニ仕ヘ 當所ヲ領シ 天正十八年北條氏沒落ノ時岩槻城ニ籠城セシニ 彼城落城ノ後比企郡松山ノ城ニ籠リテ同年五月廿三日討死セリ 其子七兵衞政重實ハ 忍ノ城主成田下總守ノ弟梅庵ノ子ナルヨシ 子孫惣吉ガ家ニ傳フレト 政重ノ子七兵衞吉次ノ弟 故アリテ家系感狀等ヲ周防國ヘ持行タレハ 詳ナルコトハ傳ヘスト云 シカノミナラスカノ大膳ノコトハ世ニ傳ハラス 且成田系圖ニ下總守ノ弟梅庵ト云人モ見エサレハ 家傳モ信用スヘカラス 今ノ惣吉マテ九代ニ及フトイフ |
| 神社・お寺情報 |
新秩父三十四ヶ所観音霊場29番札所
境内掲示板
大宮市指定有形文化財
宝積寺板石塔婆
所在 大宮市大字深作三三五七番地 宝積寺
指定 昭和三十六年十二月九日
高さ 一八九・〇センチメートル(地上高)
最大幅 五四・〇センチメートル
厚さ 六・〇センチメートル
板石塔婆は供養のため造立された卒塔婆の一種で、市内では大小千二百基余り(県下一の基数)確認されていますが、これは大日堂板石塔婆(天沼町)に次いで市内二番目の大きさです。以前は近くの路傍に建てられていましたが、管理保存のため当寺へ移したものです。
石材は緑泥片岩で、塔身部上部に五点具足のアーンク(梵字の胎蔵界大日如来)を薬研彫りし、その下に造立趣旨が刻まれています。
「陰刻銘」 ※両側には梵字光明真言を刻む
悲母三十三ヵ年青石一基奉画写一乗
貞和三丁亥十一月九日□□阿闍梨敬白
一部同読誦一千部殊法界衆生也
これによると、貞和三年(一三四七)十一月九日に、□□阿闍梨という僧が母親の三十三回忌の供養として造立したことや、「青石一基」の文字から、当時は板石塔婆を「青石」と呼んでいたことなどを知ることができ、資料としても貴重です。
多少の風化は認められますが、彫りも深くどっしりしており、南北朝時代初期を代表する板石塔婆といえましょう。
昭和五十六年三月
大宮市教育委員会
境内掲示板
「新秩父第二十九番札所十一面観世音菩薩」について
「新秩父札所」の起源は、1678年頃と伝えられ、この地域から「秩父札所」は遠いため、見沼周辺の村々の寺院、仏堂三十四か所を霊場として開設されたとのことです。
この十一面観世音菩薩は二十九番札所として観音寺(宝積寺内)にあり、十二年に一回午年の春彼岸に御開帳いたします。 |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2026/05/16 18:51:38
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