東京都豊島区高田2-12-39 神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の写真1
東京都豊島区高田2-12-39 神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の写真2
東京都豊島区高田2-12-39 神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の写真3
東京都豊島区高田2-12-39 神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の写真4
東京都豊島区高田2-12-39 神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の写真5
東京都豊島区高田2-12-39 神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の写真6
 3.8

神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)  (しんれいざん こんじょういん じげんじ)


東京都豊島区高田2-12-39

みんなの御朱印

神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の御朱印1
33
thonglor17さん
2026年5月22日 15:53
神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の御朱印2
39
はくすみさん
2026年4月26日 00:00
神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の御朱印3
22
たれもさん
2026年4月9日 00:00

神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の御朱印4
22
銀ムツさん
2026年4月3日 00:00
神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の御朱印5
28
Vulpesさん
2026年2月18日 15:27
神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の御朱印6
27
Vulpesさん
2026年2月18日 15:26

自分の御朱印

まだ御朱印が登録されていません

みんなの参拝記録

新居浜太郎さん
参拝日:2025年4月16日 14:33

神霊山 金乗院 慈眼寺 (目白不動尊)の参拝記録2
1
231
優雅さん
★★★ 参拝日:2018年3月16日 15:48
【金乗院】 札所:江戸三十三観音・第14番    御府内八十八箇所・第38番 【新長谷寺】 札所:江戸五色不動    関東三十六不動・第14番    御府内八十八箇所・第54番札所 【庫裡】 御朱印:300円

thonglor17さん
★★★★ 参拝日:2026年5月22日 15:53

はくすみさん
★★★★ 参拝日:2026年4月26日 00:00
関東三十六不動霊場 差し込み式の御朱印をいただきました。

自分の参拝記録

まだ参拝記録が登録されていません

みんなの動画

自分の動画

まだ動画が登録されていません

基本情報


※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 東京都豊島区高田2-12-39
五畿八道
令制国
東海道 武蔵
アクセス 都電荒川線学習院下 徒歩3分
御朱印授与時間
電話番号 03-3971-1654
FAX番号
公式サイトURL
御本尊 聖観世音菩薩
宗派 真言宗豊山派
創建・建立 文禄3年(1594年)以前
由来 当寺院は、開基である僧・永順が本尊である聖観音菩薩を勧進して観音堂を作ったのが始まりであるとされている。永順は1594年(文禄3年)に没しているのでそれ以前の天正年間の頃(1573年(天正元年)~1592年(文禄元年))の創建ではないかと推定されている。当初は中野にある宝仙寺の末寺で蓮花山金乗院と称したが、後に護国寺の末寺になり神霊山金乗院となった。江戸時代までは近隣の木之花開耶姫社の別当なども務めていたが、第二次世界大戦による戦災で本堂や徳川光圀の手によるものとされる木此花咲耶姫の額などが焼失。現在の本堂は1971年(昭和46年)に再建されたものである。また目白不動尊は、元々は当寺院のものではなく、1キロほど離れた関口駒井町(現在の文京区関口)にあった新長谷寺という寺院にあったものであった。

新長谷寺(しんちょうこくじ)は、山号を東豊山(とうぶさん)といい真言宗豊山派の寺院であった。当寺院にあった不動明王像は唐から帰ってきた弘法大師(空海)が出羽・湯殿山(一説には羽黒山)に行き修行を行っていた際に造られたといわれている像で、それが武蔵国関口(現在の文京区関口)に住む者の手に渡ったといわれているがその詳しい年代はわかっていない。その後、この寺院は江戸時代に入り元和4年(1618年)に奈良・長谷寺の僧・秀算によって中興された。秀算は二代将軍・徳川秀忠の命令によって長谷寺の本尊と同じ十一面観音像を造り、本堂などを建立し新長谷寺と命名した。寛永年間に三代将軍・徳川家光により、新長谷寺の本尊である不動明王像に五色不動のひとつとして『目白不動』の名を贈り、以後この不動明王像は目白不動明王と呼ばれるようになったという。また一帯の高台も目白台と呼ばれるようになった。(これは現在の地名になっている目白や目白台の起源になっている)その後、この寺院は五代将軍・徳川綱吉や桂昌院の帰依を受けて発展した。また江戸市民に時を告げる時の鐘を備えていた。しかし、新長谷寺はその後第二次世界大戦による戦災で壊滅な被害を受け、1945年(昭和20年)に廃寺となってしまった。本尊の目白不動は金乗院に移され、現在に至るまで金乗院が目白不動尊として信仰を得るようになっている。
神社・お寺情報 【神霊山金乗院慈眼寺】
札所:江戸三十三観音・第14番
   御府内八十八箇所・第38番
詠歌:ふだらくや ここは岬の 船の竿 とるも捨つるも 法のさだ山

【東豊山浄滝院新長谷寺】
札所:江戸五色不動
   関東三十六不動・第14番
   御府内八十八箇所・第54番札所

西早稲田天祖神社の別当寺



境内掲示板
宿坂道
 中世の頃、「宿坂の関」と呼ばれる場所がこの辺りにありました。天保七年(一八三六)出版の『江戸名所図会』には、金乗院とともに「宿坂関旧址」が描かれています。金乗院の裏門の辺りにわずかな平地があり、立丁場と呼ばれ、昔関所があった跡であるとの伝承が記されています。この坂の名が「宿坂」といわれているのは、おそらくこれにちなむものと思われます。
 また金子直徳著『若葉の梢』(寛政一〇年・一七九八)によれば、宿坂の関は関東お留の関で、鎌倉街道の道筋にあったといわれています。鎌倉街道は、高田馬場から雑司ヶ谷鬼子母神方面へ抜ける街道で、現在の宿坂道よりやや東寄りに位置していたようです。
 江戸時代には竹木が生い茂り、昼なお暗く、くらやみ坂と呼ばれ、狐や狸が出て通行人を化かしたという話が今に伝わっています。
例祭日
神紋・寺紋 未登録
更新情報 【 最終 更新者】thonglor17
【 最終 更新日時】2026/05/24 07:16:02
 
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

近くの神社・お寺

近くのお城

このエントリーをはてなブックマークに追加 フォローする

通報

※「情報が異なる」「迷惑情報」を発見された方は、通報するを押してください。

神社・お寺検索

※は必須です
 
 
*
*

 
 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら

サイト内全検索

最近検索された神社・お寺

薬師堂(願成寺)  猿田彦神社(庚申塔三基)  力石(雪ヶ谷八幡神社境内)  庚申供養塔群(雪ヶ谷八幡神社境内)  正一位稲荷神社  朝比奈神社  春日神社  野津郷神社  若宮神社  荒魂神社  願成寺 山の坊 不動堂  地蔵堂  松井神社  塩竃神社  向井神社  犢山天満宮  八幡神社  藤木神社  龍宮神社  鴨地蔵堂  芭蕉天満宮  幸神社  天神社  大和神社  辻之宮八幡宮  追倉神社  神社  稲荷社  八雲神社  正一位稲荷大明神  白山社  稲荷社  築地本願寺慈光院  熊繁大神  高津神社  合政天神社  五郎丸天神社  松木天神社  金丸天神社  北野神社  水神社  三峯神社(跡)  稲荷祠  喜多原大明神  浄音寺  観音堂  不動堂  白蛇権現  秋葉三尺坊大権現  観音堂  長峰大師堂  天満宮  奴奈川神社(田臥)  厳島神社  子育地蔵尊・厄除薬師如来堂  大蔵弁天  川島稲荷  御刀代社  若一王子神社奥宮  磐裂神社  諏訪神社八坂神社  鶏足院  愛宕神社 (素戔嗚神社)  愛宕神社 (白山姫神社)  白龍大神 (白山姫神社)  堀切不動尊  大日堂  安永山宝膳寺  平石馬頭尊堂  明王山東陽寺  祖霊神社  愛宕神社  天満宮  稲荷神社  神明社  稲荷神社  水神宮  半富稲荷神社  天明稲荷  集合殿(古峯神社、稲荷神社、寒澤山神社、夕日森天満宮、大守神社、浅間神社)  秋葉神社  御盥山 不動坊  神明宮  御祖神社(寒川神社 神獄山神苑 境内)  神獄山神苑(寒川神社 境内)  青海神社摂社  天岩戸別神社 奥の院(天戸岩戸別神社 境内)  奴奈川神社  天津神社  水神社  体操神社  天照皇大神宮  堀尾神社  大祖神社  南良津神社  下梶原現人八龍神社  乙子神社  狐守荒神  船玉神社・和田津見神社  八幡神社 

何を投稿しますか?

大好評!! スマホでお寺がいいねを使うなら、アプリがおすすめ!

神社・お寺検索

初めてご利用の方は、使い方をお読みください。
*は必須です
 
 
*
*

 
 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら
※「記録を色分け」を選ぶと、参拝や御朱印の記録が地図上で色分け表示されます。(検索に時間がかかります。ログインが必要です。)