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★★★★ 参拝日:2018年8月17日 00:00
御朱印を頂きたかったのですが、社務所に人がご不在だったので、境内から表鳥居見て、斜め右前の宮司様宅にお声がけしたところ、宮司様の奥様?が快くお受けくださり、助かりました。 ありがとうございました。
参拝日:2018年5月21日 00:00
宇奈根神の神名由来となった(別説あり)、「宇奈抵の杜」が近くに名張川沿いに磐座があり、旧社地であるとのこと。完全にお参りするのを忘れてしまいました。もう一度お参り来なさいということなんでしょうか。
参拝日:2023年10月18日 00:00
参拝日:2023年5月5日 13:45
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住所 | 三重県名張市平尾3319 |
五畿八道 令制国 |
東海道 伊賀 |
アクセス | 近鉄大阪線名張 徒歩4分 |
御朱印授与時間 | |
電話番号 | 0595-63-0486 |
FAX番号 | |
公式サイトURL | http://urufushine.jp/index.html |
御祭神 | 宇奈根命、武甕槌命、經津主命、姫大神、大物主命、火之迦具士命、宇迦之魂命、建速須佐之男命、天兒屋根命、応仁天皇、仁徳天皇 |
創建・建立 | |
旧社格 | 縣社 |
由来 | 由緒として、当社は天正伊賀の乱(1580年)で、社殿はもちろんの事、宝物や古文書など、すべて焼き討ちにあい消失された。
したがって、記録的なものは残されていないが、本殿の境内地に元久2年丑(1205年)の銘が入っている石燈篭があり、元和2年12月20日の棟札があり、この年に再建されたものと思われる。 崇神天皇の時、「倭姫世紀・神宮後鎮座記」に伊賀陰志守宮二年奉斎とあり、これによって当社にも倭姫の巡行があったことが記されている。 また、「三代実録」によれば、清和天皇、貞観15年(873年)9月27日に宇奈根神、従五位上とあり、その後徐々に位を上げ、円融天皇、永徳元年辛酉2月24日(1387年)従一位を授かる。 天武天皇のとき、圭田42束、四箇所の神田をもって祭祀し放正会を行われ、官幣の奉幣を受けること11回に及ぶ。 また後に、伊賀の領主である筒井定次の重臣の松倉豊後守勝重が名張に着任し、新領を寄進され、また寛永13年に藤堂宮内少輔高吉により更に神領を寄進された。 その後、祭祀には乗馬が出され、累代尊崇の社のして以来、名張の氏神として崇拝され現在に至っている。 当神社は延喜式内で、伊賀二十五社の内の一社であり、明治14年11月に県社に認定される。 |
神社・お寺情報 | |
例祭日 | 4月18日 春季例祭 10月28日 秋季例祭 |
神紋・寺紋 | 未登録 |
更新情報 | 【
最終
更新者】みつを 【 最終 更新日時】2021/08/14 21:08:57 |