佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真1
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真2
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真3
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真4
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真5
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真6
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真7
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真8
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真9
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真10
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真11
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真12
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真13
佐賀県武雄市武雄町武雄5327 武雄神社の写真14
 4.4

武雄神社  (たけおじんじゃ)


佐賀県武雄市武雄町武雄5327

みんなの御朱印

${row.jbName}の御朱印1
3
ほちさん
2024年3月9日 11:09
${row.jbName}の御朱印1
21
坂黒いおっさんさん
2024年1月3日 23:10
${row.jbName}の御朱印1
16
坂黒いおっさんさん
2024年1月3日 23:10

${row.jbName}の御朱印1
15
坂黒いおっさんさん
2024年1月3日 23:10
${row.jbName}の御朱印1
22
坂黒いおっさんさん
2024年1月3日 11:12
${row.jbName}の御朱印1
26
坂黒いおっさんさん
2024年1月3日 11:12

自分の御朱印

まだ御朱印が登録されていません

みんなの参拝記録

${row.jbName}の参拝記録
2
163
さくらさん
★★★★★ 参拝日:2017年9月9日 00:00

${row.jbName}の参拝記録
1
113
ひのえ♪さん
参拝日:2022年9月23日 00:00


なぬなぬさん
★★★★★ 参拝日:2022年2月16日 11:24

ライラックさん
参拝日:2021年5月24日 22:28

自分の参拝記録

まだ参拝記録が登録されていません

みんなの動画

自分の動画

まだ動画が登録されていません

基本情報


※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 佐賀県武雄市武雄町武雄5327
五畿八道
令制国
西海道 肥前
アクセス JR佐世保線武雄温泉 徒歩12分
御朱印授与時間
電話番号 0954-22-2976
FAX番号 0954-22-3517
公式サイトURL https://takeo-jinjya.jp
御祭神 武内宿禰【たけうちのすくね】
武雄心命【たけおこころのみこと】
仲哀天皇【ちゅうあいてんのう】
神功皇后【じんぐうこうごう】
応神天皇【おうじんてんのう】
創建・建立
旧社格
由来 由緒

『武雄神社本紀』によると、神功皇后が三韓征伐の帰途、武雄に兵船を止め、それが御船山に化したとあります。これにより同行していた住吉神と武内宿禰が御船山の南嶽(船の艫)に鎮座し創祀されました。
而して天平7年(735年)初代宮司 伴行頼に『吾は武内大臣である。艫には住吉神がおられ、艫嶽に祀られていても畏れ多く落着かないので、幸い軸嶽に自分を祀るならば、末永くこの地に幸福が訪れるであろう。』との神託がありました。行頼は太宰府を通じて朝廷に奏請し、武内宿禰を主神に、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、武雄心命を合祀し北麓に奉遷し武雄宮が創建されたと記されています。
平安時代での旧社格は、九州地区の統治組織「大宰府」の府社とされ、祭礼(さいれい)に国使が参向するなど、杵島郡の鎮守として郡民の崇敬をうけていたばかりではなく、肥前に於ける名社として深く重んぜられていました。また、それらを裏付ける218通にもおよぶ古文書(こもんじょ)が現存しており、九州における神社文書の代表的な遺品とされています。
元永年中(1118~20年頃)武雄二代領主 後藤資茂が、朝夕秀麗な御船山の麓に鎮座する武雄神社を望み、築城の適地と思い、朝廷に奏請して当社を舳嶽東麓(現在地)に遷しました。
文治元年(1185年)の壇ノ浦の戦いでは、源頼朝が当社に密使を使わせ平家追討祈願をしました。平家を滅ぼした頼朝は、勝利を武雄神社の神徳によるものと感じ、後鳥羽天皇の勅使と名代の御家人を赴かせ『御教書』を送り深謝しました。
この参詣を歓迎して、武雄四代領主の後藤宗明が流鏑馬を奉納し、以来、氏子のてによって『武雄の流鏑馬』は、八百年以上ものあいだ連綿と継承されています。 また、これを機に武雄神社と源氏との関係は極めて密接となり、神社として将軍家の祈祷に当たる関東御祈祷所の使命と、社家として御家人の使命を有し、二重の立場に於いて活動することになりました。
鎌倉中期の元寇では、未曾有の国難に際し、伏見天皇より異国降伏の祈祷の『綸旨』を賜る光栄に浴するなど、国家的な存在でありました。本紀によれば、文永の役の十月二十日の夜、武雄神社の神殿から鏑矢が元軍船目掛けて飛び、元軍は逃げていったとしてあり、また、弘安の役では上宮から紫の幡が元軍船の方に飛び去って、大風を起こしたとあります。この霊験により『九州五社ノ内』と称され、九州の宗社として隆々と栄えた時代もありました。
現在では武雄の氏神社として、また樹齢三千年のご神木を祀る神社として、氏子はもとより全国各地から広く信仰を集めております。

《武雄神社公式HPより引用》
神社・お寺情報
例祭日
神紋・寺紋 未登録
更新情報 【 最終 更新者】ひろちゃん
【 最終 更新日時】2022/02/27 18:29:53
 
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

近くの神社・お寺

近くのお城

このエントリーをはてなブックマークに追加 フォローする

通報

※「情報が異なる」「迷惑情報」を発見された方は、通報するを押してください。

神社・お寺検索

※は必須です
 
 
*
*

 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら

サイト内全検索

最近検索された神社・お寺

本妙寺  三峯神社、道祖神  干潟大神  天満宮(城山公園)  観音山常念寺  威光稲荷堂  鹿島神社(天満宮境内)  水神社  天満宮(六軒稲荷神社境内)  国分神社  箱島神社  大峰神社  篠島弁財天  前宮社  木花咲耶姫命を祀ってる祠(浅間神社)  城山水神天狗  中県 御社宮司社  春日神社  御嶽神社(神明天祖神社境内社)  松庵稲荷神社末社  随神(武蔵野八幡宮境内碑)  社宮司神社  稲荷神社  稲荷神社  眞岡五社稲荷神社  山乃神神社  劔靈大權現  塩原地禄神社  清水日吉神社  西天神  竹下地禄神社  深田阿蘇神社  がまんさま(菊名神社境内)  羽黒大明神(八杉神社境内社)  天満宮(八杉神社境内社)  庚申塔(太尾妙義神社前)  天王神社  水神宮(師岡熊野神社境内社)  浅間大神(師岡熊野神社境内社)  御嶽社・道祖神(師岡熊野神社境内社)  地神塔(師岡熊野神社境内塔)  宇賀神社今宮  稚児恵比須神社  八幡神社(鳥屋神社境内社)  愛宕神社  作田島船魂稲荷神社  蝦蟆財神  御蔭神社  吉松寶満宮  下大利老松神社  井筒屋稲荷神社  宮川神社  烏森稲荷神社  社宮司神社  海龍山本泉寺増徳院 元町薬師堂・弁天堂  上宇内薬師堂  枝下川神社  子授霊石(洲原神社境内)  小野天満宮  西山見沼堂  薬師堂(宝性院白岡堂)  薬師堂  大利天神社(市場神社境内)  八坂神社(市場神社境内)  稲荷神社(西大久保八坂神社境内)  伏見白赤稲荷神社  祖霊社(諏訪神社下社境内社)  第六天・山王社・白山神社(諏訪神社下社境内社)  賀来神社境内社  山神社  鬮神社  丈六稲荷神社  春谷寺  正一位稲荷神社  日吉神社  松尾神社  木末神社  妻恋稲荷社  御嶽神社  第六天魔王神社  柳澤神明神社  金比羅大神  稲荷大明神(御霊明神境内)  御霊明神  豊受姫尊稲荷神社  英霊碑(銀杏八幡宮境内碑)  国分天満宮  北嶽日吉神社  石牛・撫で牛(平河天満宮境内)  いちご神社  横手寶満神社  高良玉垂社(伊佐爾波神社境内)  素鵞社(伊佐爾波神社境内)  児守社(中嶋神社境内)  須玖老松神社(中の宮)  桜ケ丘老松神社  井相田宝満宮  伊奈の市神様  稲荷社(八幡大神境内社)  五日町若宮神社 

何を投稿しますか?

神社・お寺検索

初めてご利用の方は、使い方をお読みください。
*は必須です
 
 
*
*

 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら
※「記録を色分け」を選ぶと、参拝や御朱印の記録が地図上で色分け表示されます。(検索に時間がかかります。ログインが必要です。)