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基本情報
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| 住所 |
京都府京都市下京区下諏訪町通五条下ル |
五畿八道 令制国 |
畿内 山城 |
| アクセス |
京都市烏丸線五条 徒歩1分 |
| 御朱印授与時間 |
|
| 電話番号 |
075-361-8981 |
| FAX番号 |
|
| 公式サイトURL |
|
| 御祭神 |
諏訪大明神
健御名方神
事代主神 |
| 創建・建立 |
延暦二十年 |
| 旧社格 |
|
| 由来 |
第五十代桓武天皇の延暦十六年坂上田村麻呂、東夷平定、征夷大将軍の命を受けました。将軍はかねてより信州諏訪大明神を深く信仰し、御神威、御加護のもと赫々の戦果を挙げ、平安京に延暦二十年十月に凱旋いたしました。
その御礼の為、都、五条坊門の南に社殿を造営、信濃より諏訪大明神のご分霊を勧請し祀られたのが当神社の創始です。爾来星霜を重ね社殿も荒廃いたしておりましたが、第八十二代後鳥羽天皇の文治二年、源義経社殿を広め、樹木を植え池を造る等して、昔にまさる宏大な神域といたしました。
第九十六代後醍醐天皇の建武年間兵火に遭い、旧観とみに変じ再び衰微するも室町幕府(室町通今出川上ル付近)三代将軍足利義満神馬を奉納し神域を復活せしもようです。
第百八代後水尾天皇の慶長年間にも社殿の修復が行われ、更に徳川幕府五代将軍綱吉の頃には、境内に社殿復興のための大相撲興行も行われました。第百二十代仁孝天皇の元治甲子の年、禁門の変の兵火に遭い、社殿、悉く烏有に帰し再建も覚束なかったが、第百二十一代孝明天皇再建の資として金百五十両と菊御紋提灯壱対を御下賜下さるに及び大いに力を得、更に尚徳学区先人各位のご努力と相俟って慶応二年再建の業、完成いたしました。
青丹よし奈良の都より、平安京遷都以来の京都の歴史が即、尚徳諏訪神社の歴史であり、今日に及ぶ次第であります。 |
| 神社・お寺情報 |
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| 例祭日 |
9月17日 |
| 神紋・寺紋 |
未登録
|
| 更新情報 |
【
最終
更新者】管理者
【
最終
更新日時】2018/05/14 09:57:53
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