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基本情報
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| 住所 |
東京都足立区宮城1-38-6 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
日暮里・舎人ライナー扇大橋 徒歩14分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
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| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
素盞嗚尊 |
| 創建・建立 |
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| 旧社格 |
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| 由来 |
宮城氷川神社由緒
祭神素盞嗚尊、例祭毎年九月十五日
当社の由緒は旧記を欠きその詳細は明らかではない。しかし按ずるに南北朝時代(一三一八ー九二)の昔武蔵国豊島郡一円を領していた豊島重信の子重中が新たに足立郡宮城の地を開発し、宮城八郎と称して居館をこの地に構えたとき守護神として足立郡大宮郷(現埼玉県大宮市)に鎮座する式内社(延喜式神名帳記載)武蔵一ノ宮氷川神社の分霊を勧請して祀ったのが始めである。そのころ宮城の地名はすでに足立姫による姫の父足立庄司宮城宰相の名に基づき、地名として存在していたものと考えられるが伝説による人物は、人皇四十八代聖武天皇の神亀天平時代(七二四ー四八)の人なれば、その実在必らずしも信ずべきにあらず。重中の後四代の子宮城泰業のころ泰業は相州小田原(現神奈川県小田原市)の北條氏に属し、武蔵国岩槻城(現埼玉県岩槻市)にあったが天正十八年(一五九〇)七月北條氏政が豊臣秀吉によって滅ぼされたとき宮城氏も亦北條氏と共に滅びた。しかし守護神は宮城氏没落後も猶この地に鎮座し、江戸時代宮城の地が近世村落として成立したとき、改めて鎮守社として之を祀り、十一面観世音菩薩を本尊とした。蓋し神仏習合によるものである。
その後、大正二年三月、荒川河川改修工事が行わるるや、工事遂行のため社殿移転の議が起り、その結果現在の宮城一丁目三十八番六号の地に遷座することになった。しかしその社殿も昭和二十年四月十三日の戦災により焼失したので、昭和二十年十月旧地に再建した。しかるにその後該地に宮城公演が設置されることになったので、境内の一部と公園敷地一部を交換して昭和三十年十月現在の地に新築移転することになり、今日に及んでいるのである。因みに境内には伊弉諾尊伊邪那美尊を祭神とする三峰神社、木花咲邪媛命を祭神とする浅間神社、宇迦御魂命を祭神とする稲荷神社、が摂社として祭祀されている。昭和六十二年正月朔日(境内掲示より) |
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| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】ムンク
【
最終
更新日時】2019/10/19 20:47:08
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