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基本情報
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住所 |
北海道沙流郡日高町豊郷459−2 |
五畿八道 令制国 |
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アクセス |
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御朱印授与時間 |
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電話番号 |
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FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御祭神 |
天照皇大神 八幡大神 |
創建・建立 |
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旧社格 |
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由来 |
太田道之助が提唱し、天照皇大神を祀り、 その後奥地の八幡神社と合併した。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神 八幡神社
(北海道神社庁誌より)
豊郷村(旧称は波恵)の神社創建は、明治三一年六月、当地開拓のため入地した人達が、パンケモイワの対岸、エサンヌップの高台に木造の小社を建て、天照皇大神を祭ったのが始まりである。 更に、明治三二年、上流のオパナイの地より奥地に入地していた第二次移民団が、オパナイ沢入口の高所に、明治四一年九月、八幡社を建立した。 両社ともに勧請の由来は不明であるが、御神体はともに楢の五寸角柱、高さ二尺余に神名が墨書されている。以来、 永年にわたり各々独自に祭祀してきたが、村内の開拓もようやく進んだ頃に、両社合祀の話が持ち上がった。 協議の末に、村の中央付近のポロタントの平地に社を建て、大正の中頃に合祀した。 更に、大正の末頃に移転の話が出て、現在の小学校裏手の山腹に社殿を建立し、以来、何度か改修され今日にいたっている。祭日は当初、四月一五日が春祭り、九月一五日が秋祭りとして盛大に執り行い、小店なども出て賑わったが、昭和三〇年頃より春祭りは中止された。 一方、明治の初期、豊郷の海岸近くに多賀神社と称する社があったとされ「日高志料 沙流郡之部」には、「波恵村に有り村社にして祭神伊邪那美神明治四年創建す」とある。 また、此の神社跡に残されていた二組の石灯籠(天保六年の記名あり)が、明治三一年の入地者によって拾得され、 以来、起源の定かでない多賀神社の伝承とともに、現在の豊郷神社の境内に残されている。 (新門別町史より) |
神社・お寺情報 |
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例祭日 |
9月15日 |
神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】ひろちゃん
【
最終
更新日時】2023/06/25 16:15:10
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