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基本情報
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| 住所 |
埼玉県久喜市青毛4-3-17 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
東武日光線幸手 徒歩14分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
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| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
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| 創建・建立 |
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| 由来 |
境内碑
本堂建立記念
大日尊縁起
別當 常楽寺
こゝ大日尊の由来を尋ねれば、天正年間(一五七三~一五八五)の頃この地中嶋に住む川瀬寀女の守り本尊で弘法大師の御作との言い伝えであった。寛永九申の年、その分家に人並み優れた子供が生まれ、成長するに従って仏道に帰依し、特に羽州湯殿山を信仰した。そして大日尊を箱に入れ背負うて登山礼拝したところ、紫雲がたな引き阿字あらはれ光明がかがやいたという。その有難さのあまり本蓮寺において十五才の時剃髪し、弘海という法名を授わった。
その後湯殿山に三十三度参詣することの大願が叶ったので當所に本尊を安置し、古利根川渕に行場をこしらえ、香花燈明を捧げ日夜怠りなく、一心不乱に真言を唱え回向を続けた。老若男女は行場からの心音を聞きつけ、弘海行人にお願いして加持していただいたところ、いかなる難病の者でも御利益があった。人々は行人を尊んでいたが、享保六辛丑の年、(一七二一)霜月八日この世を去った。その後寛政四子の年(一七九二)折悪しく本堂天破したが、三十余年の間行人の墓に病気で悩んでいた人々が祈願したところ、またたく間に治ったという。これはよくよくこの地に御縁があるといふことで、文政五己の年(一八二二)本堂を再建したところ霊験たちどころに顕れ、益々繁昌した。連日四方から人々が集まり御名号を唱えて、現世の諸願と、末来の極楽浄土を祈念したのである。
以後年を重ねること百五十余年、本堂朽廃甚だしきため信心あるこの地の人々心を寄せ合い、昭和四十九年再度本堂建立の大願を果した。
昭和五十一年十二月吉日 |
| 神社・お寺情報 |
庚申塔 宝永五戊子四月吉日(1708)
燈籠 文政九丙戌 (1826) |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2026/01/04 07:03:59
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