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基本情報
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| 住所 |
兵庫県神戸市東灘区本山北町2-2-20 |
五畿八道 令制国 |
畿内 摂津 |
| アクセス |
JR神戸線摂津本山 徒歩7分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
0784112247 |
| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
法華宗本門流 |
| 創建・建立 |
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| 由来 |
創立 年代不詳・法華宗帰属は万治三年(一六六〇) 当寺は、この地に古代から中世にかけて創建されたと伝えられる東光寺が前身である。 この地は、古くから東光寺跡と呼ばれ、字名にも使われていた。 『武庫郡誌』によれば、東光寺はこの地に五町ほどの寺域を持つ寺であったと伝えている。 元弘年間(一三三二年頃)の兵火によって堂宇は灰燼に帰し、寺号のみを残し、付近には宝筐印塔や一石五輪塔の断片が散在していたという。一部が境内無縁塔に合祀されている。 万治三年(一六六〇)、大本山京都本能寺・尼崎本興寺の第二十二世日上人が、尼崎藩主青山幸利候の帰依により隠居所として当地の寄進を受け、「法華経題目信仰」の寺として東光寺を再興、寺格は大本山閑土寺となった。 寛文四年(一六六四)に寺号を要玄寺と改称した。外護者は、大坂の豪商天王寺屋や地元の旧家臼井氏、高橋氏などであった。その後、五代を経て住職不在の時期も発生、短期の交代によって、江戸時代末までに二十六代を数えた。 江戸時代から明治初年にかけて、住職不在中の自然災害、鉄道用地収用や様々な事情で寺域が失われ、諸堂が大破荒廃、その様子が『武庫郡誌』に記されている。 明治五年(一八七二)、二十七世に日廣上人が就任、「鬼子母神」信仰を弘め、諸堂を再建中興し、阪神電気鉄道開通と深江停留場の設置によって遠近からの参詣者が多かったことを『阪神電気鉄道沿線名所案内」(明治四十一年刊)が紹介している。 二十八世日因上人は昭和五年(一九三〇)客殿庫裡改築、二十九世日啓上人は昭和四十五年(一九七〇)に山手幹線道用地に収用された庫裡を再建、さらに平成七年(一九九五)阪神大震災により倒壊した本堂を翌年再建している。 明治以後にあっても、河川用地、区画整理事業、山手幹線用地等により寺域は更に狭小となった。 境内北東には、齢七百年と云われるモチノキ(神戸市民の木に指定)があり、東を流れる小川は要玄寺川と呼ばれている。 |
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| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】ととるし
【
最終
更新日時】2026/03/08 14:06:38
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