奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2 中宮寺の写真1
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2 中宮寺の写真2
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2 中宮寺の写真3
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2 中宮寺の写真4
中宮寺  (ちゅうぐうじ)  3.8
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2

みんなの御朱印

(はるはるさん)
0 0 御朱印日:2022年5月8日 20:07
(よっしぃさん)
1 0 御朱印日:2022年4月13日 00:00
(melody0104さん)
1 0 御朱印日:2022年4月1日 00:00
(Lippyさん)
3 0 御朱印日:2022年1月9日 00:00
(KOPENさん)
2 0 御朱印日:2022年1月6日 09:30
(ゆたさん)
2 0 御朱印日:2021年12月16日 22:39
(ぺがさすさん)
0 0 御朱印日:2021年12月14日 00:00
(t.flowerさん)
2 0 御朱印日:2021年12月10日 00:00
(監督まっちゃんさん)
0 0 御朱印日:2021年11月21日 00:00
(Tackさん)
0 0 御朱印日:2021年11月18日 00:00

自分の御朱印

まだ御朱印が登録されていません

みんなの参拝記録

(🤗あんこさん)
おすすめ度: ★★
2 1 0 参拝日:2021年3月29日 00:00
(もそもそ🤗さん)
おすすめ度: ★★★
2 1 0 参拝日:2021年3月29日 00:00
法隆寺夢殿を左に行くと入り口が有ります。 御朱印も拝観入り口で預けてお参りすると帰りにいただけます。
(銀玉鉄砲さん)
おすすめ度: ★★★★
2 94 0 参拝日:2019年12月29日 10:31
(布袋大国さん)
おすすめ度: ★★★★
2 96 0 参拝日:2018年7月30日 00:00
中宮寺は聖徳太子の御母穴穂部間人皇后の御願によって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された寺であります。その旧地は、現中宮寺の東方三丁の所に土壇として残っておりましたのを、発掘調査しましたところ、南に塔、北に金堂を配した四天王寺式配置伽藍であったことが確認され、それは丁度法隆寺旧地若草伽藍が四天王式であるのに応ずるものといえましょう。而もその出土古瓦から、法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として初めから計画されたものと思われます。国宝菩薩半跏像(寺伝如意輪観音)はその金堂の本尊であり、天寿国曼荼羅は、その講堂本尊薬師如来像の背面に奉安されたものと伝えております。  その後、平安時代には寺運衰退して、僅かに草堂一宇を残して本尊様のみ居ますといった状態でありましたのを、鎌倉時代に入って信如比丘尼の尽力により、天寿国曼荼羅を法隆寺法蔵内に発見して中宮寺に取り戻すなど、いくらか復興を見たものの、往時の盛大には比すべくもありませんでした。室町時代のことは殆ど判りません。  ところが、戦国時代に入って火災に会い、法隆寺東院の山内子院に避難し、そのまま住み着いていたところ、後伏見天皇八世の皇孫尊智女王(慶長七年薨)が御住職遊ばされ、以来尼門跡として、次第に寺観を整えたのが今の中宮寺であります。  宗派は戦後、法隆寺を総本山とする聖徳宗に合流することになりましたが、依然大和三門跡尼寺の随一としてその伝統を伝えております。  創建の飛鳥時代このかた千三百年の長きに亘り、尼寺の法燈を続けておるのは日本広しと言えども実に中宮寺だけであります。
(おおきっちゃんさん)
おすすめ度: ★★★★★
1 97 0 参拝日:2018年7月30日 00:00
(とまさんさん)
おすすめ度:
1 1 0 参拝日:2018年2月6日 00:00
(はるはるさん)
おすすめ度:
0 1 0 参拝日:2022年5月8日 20:07
(今日はめぐる日さん)
おすすめ度: ★★★★
0 0 0 参拝日:2022年4月30日 13:19
(よっしぃさん)
おすすめ度:
0 9 0 参拝日:2022年4月13日 00:00
(melody0104さん)
おすすめ度:
0 1 0 参拝日:2022年4月1日 00:00

自分の参拝記録

まだ参拝記録が登録されていません

基本情報


※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2
五畿八道 令制国
畿内 大和
アクセス
JR大和路線法隆寺 徒歩18分
御朱印授与時間
9時〜16時15分(季節により変更有り)
電話番号
0745752106
FAX番号
0745742956
公式サイトURL
御本尊
(伝)如意輪観音
宗派
聖徳宗
創建・建立
7世紀前半 or 推古天皇十五年(607)
由来
[ 中宮寺の沿革 ]

中宮寺は聖徳太子の母穴穂部間人皇后の御願によって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された寺である。
その旧寺地は、東方三丁ほどのところにあったとされ、発掘調査の結果、南に塔、北に金堂を配した四天王寺式伽藍配置であったことが確認された。また、その出土古瓦から、法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として初めから計画されたものと思われる。国宝菩薩半跏像(伝 如意輪観音)はその金堂の本尊であり、天寿国曼荼羅は
その講堂本尊薬師如来像の背面に奉安されたものと伝えられている。

平安時代には寺運衰退し、僅かに草堂一宇を残して本尊のみといった状態であったが、鎌倉時代に入って信如比丘尼の尽力により、天寿国曼荼羅を法隆寺宝蔵内に発見して中宮寺に取り戻すなど、復興は見たものの、往時の盛大さには比べようもなかった。

戦国時代に入って火災にあい、法隆寺東院の山内子院に避難し、旧地への再建ならず、その状態が続いていたが、後伏見天皇八世の皇孫尊智女王を住職に迎え、以来尼門跡として、次第に寺観を整えたのが今の中宮寺である。

宗派は戦後、法隆寺を総本山とする聖徳宗に合流しましたが、大和三門跡尼寺の随一として、
その伝統を伝えている。

ー 「中宮寺拝観のしおり」より抜粋 ー
神社・お寺情報
● 文化財(寺宝)
・木造菩薩半跏像(国宝)
・天寿国繡帳残闕(国宝)
・紙製文珠菩薩立像(重文)
・紙本墨書瑜伽師地論(重文)
その他
神紋・寺紋
更新情報
【 最終 更新者】よっしぃ
【 最終 更新日時】2022/04/16 14:49:49
 
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

近くの神社・お寺

このエントリーをはてなブックマークに追加 フォローする

通報

※「情報が異なる」「迷惑情報」を発見された方は、通報するを押してください。

神社・お寺検索

※は必須です
 
 
*
*

 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら

最近検索された神社・お寺

天満宮(秩父今宮神社境内社)  八坂神社  浅間神社  熊野神社  足尾神社(熊野神社)  熊野神社  厳嶋神社  安倍晴明堂(福王寺 境内)  下半田川観音堂  大悲寺  八王子神社 (大和郡山市中城町)  卯辰天満宮  三吉稲荷大明神  大将軍神社 (大和郡山市大江町)  塩釜者(春日神社 境内)  玉﨑神社(下総國二宮)  厳島神社  御嶽神社  於舎子治稲荷大明神  祖霊社(尾崎神社境内社)  天神社(八坂神社)  今村 諏訪神社  三吉神社(山神宮)  高田城  御霊小径の石碑  石柱  鎌倉権五郎神社の銘の石碑  庚申塔群(御霊神社境内)  三峯神社  諏訪神社  正覚寺  正覚寺  宝光院  地蔵院  水上神社  池田稲荷神社  四社神社(柴山神社境内)  弁天社(秩父今宮神社境内社)  稲荷社(秩父今宮神社境内社)  四社神社(天神社境内)  平井稲荷神社  氏社(北)(出雲大社)  薬師如来・地蔵尊  鏡山神社  高良社  観音寺  光明寺  三峰神社(茂原八幡境内社)  成田山深川不動堂  日之森神社(日の宮)  菅原神社(土崎神明社)  稲荷社(石祠) 三島神社境内  字上のかいど  小金社(石祠)・稲荷社(石祠) 小金神社境内  天満宮  鞆淵八幡神社  正安寺  津島社(北明治稲荷 境内社)  岡宮神社  楠稲荷大明神  羽黒神社  高尾山薬王院本社権現堂  仙元宮  稲荷神社  恵美須神社(諏訪神社 境内社)  八咫烏神社奥宮(奥の院)  御嶽神社  東福寺 三門  稲荷神社(油平八幡社)  東京タワー大神宮  龍王四天 (龍王社)  素盞鳴神社 (生駒市鹿畑町)  天満神社 (生駒市高山町 南)  瀧原神社(為實八幡神社 境内社)  猿田彦太神(塚越稲荷神社境内社)  山神社  八雲神社  天之中主神社  稲荷社 (五條市湯川 南)  不動塔・庚申塔  長塚弁天・石祠 長福寺山門脇  石祠 弁天橋際  山王社 個人宅敷地内  石祠  徳雲寺の裏(?)  オテンノーサン  石祠 観音寺裏山  稲荷社 観音寺本堂内  白山社・金比羅社・秋葉社 観音寺裏山  ヤマノカミ  石祠 七沢浅間神社鳥居脇  稲荷社 愛宕神社境内  元弁才天宮 日向山山頂  石祠 大平石切場  雷電神社  三社神社(六社神社境内)  八社神社(貴船神社境内)  竜王大神社  厳島神社(大和神社 摂社)  朝日神社(大和神社 摂社)  八幡神社 (西大寺八幡神社) 

何を投稿しますか?

大好評!! スマホで神社がいいねを使うなら、アプリがおすすめ!