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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
埼玉県さいたま市岩槻区尾ケ崎1823 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
埼玉高速鉄道浦和美園 徒歩23分 |
| 御朱印授与時間 |
|
| 電話番号 |
048-756-0503(久伊豆神社) |
| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
誉田別命 |
| 創建・建立 |
不詳 |
| 旧社格 |
|
| 由来 |
当社の創建の年代は不明であるが、古老の談によれば、往古当地は大和田と称していたが、永承年中(1046-53)、源義家が奥羽征討の途中、笹の生い茂る窪地に軍扇を奉鎮して武運長久を祈願したことにより篠久保(ささくぼごう)とよばれるようになったという。この時、義家は軍扇を現在の尾ヶ崎と笹久保の境の辺りにあった桑の木の株に立てかけたといわれ、以来笹久保では軍扇、尾ヶ崎ではその桑の木の株を神体として、共に八幡宮を祀ってきた。
境内碑
八幡神社拝殿新築の碑
岩槻市尾ヶ崎鎮座の八幡神社は八幡太郎義家奥州征夷の砌、武運長久を祈りしとの伝えある由緒深い社である。境内は鬱蒼とした老杉に覆れ鎮守の社として氏子の心のよりどころであった。しかるに日進月歩の物質文明の驚くべき進歩は人々の生活に利便さを与えた反面公害を多発させ人々をして文化的生活の享受を不可能にならしめた程であった。この鎮守の社の老杉も大氣汚染等の公害に抗する事あたわず緑は薄れ枯損木増加の一途を辿る命運を余儀なくされたのとある。ここに於て氏子と相謀り全員の賛同を得て、此の老杉を用材に使用し新拝殿を建立し、以て神慮を慰め申す事に決定し氏子の浄財を募り昭和五十六年九月十四日に瓦葺千鳥破風造向拝付の社殿が見事に竣工完成を見たものである。
此の間工事関係者は全て地区内居住の人々が此の任に当り誠心誠意事を運びここに完成を見たのである。この間昭和五十二年には自治会館兼社務所が完成し、又旧拝殿は東側に移築して神楽殿となし、本殿裏の境内には桧の幼苗を植栽する等神域の規模を一新し以て神威の発揚を期し氏子崇敬者の家内安全尾ヶ崎地区の社稷の興隆を常磐堅磐に期するものである。
昭和五十六年拾月吉日
八幡神社宮司馬場大麿
同代表総代 志村信男 |
| 神社・お寺情報 |
尾ヶ崎夏祈祷の由来
尾ヶ崎では毎年七月二日に夏祈祷が行なわれる 山之海道半縄峯谷下が交互に年番をつとめる 年番はこの朝八幡神社に竹や藁を持ち寄り午前中に〆縄や飾り物を作る なかでも太い〆縄と大きさが桟俵(さんだわら)位亀頭に似た男子の陰茎を作りこれをぶらさげて神官に祈祷してもらって疫病除けの行事をする尾ヶ崎の村境十ケ所にまたがりその場所ごとに道をはさんで〆縄が飾られる とくに村の南鬼門の方位にあたると思われる鈎上境の橋には大きな竹を道をまたえて立て大い〆縄に大きな男子のシンボルをぶらさげる行事が今日もつづいている 時は流れ昭和三十五年から数年フセギの行事は迷信という考えが村人の大勢を占めたことがあったので一時中止をしたが其の間村内には火事や交通事故などの不幸が続き再び行われるようになった
この行事もいつ頃からはじまったか古老の方々にきいてもわからなかったが当時尾ヶ崎の名主として尽力された鈴木関之丞安好氏の子孫である鈴木唯文氏の家に当時の古い記事が見つかり 天保五年一八三四年今から一七〇年前の七月二日にはじめたという天保の大飢饉天候不順洪水暴風雨などによる凶作が続き飢えやはり病で死ぬ人があとをたたず空前の大飢饉天保の大飢饉となった全国的な大飢饉となったのである
尾ヶ崎村の南方にも疫病が流行していた当時の名主関之丞安好氏が村人に呼びかけて村境十所にフセギを行い「コレラ入るまい」の願いを掛けた防ぎの場所は現在も同様で鈎上との村境一ヶ所に竹と藁で作ったマラを立て他の九ヶ所の村境に注連縄と木札を立てた村境の位置は黒谷との境界が四ヶ所笹久保三ヶ所野孫二ヶ所である 木札には「奉斎三柱塞大神尾ヶ崎氏子安全」と書かかれている なおマラは千金玉あるいは亀頭様などとも呼ばれる魔除けの作り物である。
共の後村人はフセギ行事が五穀豊穣無病息災家内安全などのために重要だと再認識し祭日の変更をせず今日まで伝承している
神具作りは三年に一度まわってくる作業のため大縄と桟俵の大きさや長さなど思い出しながら長年の経験者に形を確かめながら進められた 十一時頃神具作りが終了すると八幡神社の賽銭箱の上にマラを供え竹は拝殿に立掛けられる 正午神主が木札を持って神社に到着する 神主は市内宮町の久伊豆神社の宮司馬場様が兼務している 午後一時来賓と氏子が集合する 拝殿では神主がマラと注連縄来賓と氏子をお祓いする 祝詞をあげ玉串奉納を終えると氏子総代による大太鼓の合図で式典は終了する 午後二時より自治会館に於て神主来賓氏子総代氏子合同でご神酒と野菜のてんぷらなどの肴で直会を行う 午後三時より手分けして十ヶ所のそれぞれの村境にフセギの注連縄とマラを担いで立てに行く 九ヶ所の注連縄担当者は受け持ちのフセギ立てが終ると鈎上との村境に集合全員にてマラ立てを行う マラ立てが終ると氏子総代長 青年会長が挨拶し参加者全員で村の安全を願って万才三唱を行ない解散する
平成十六年七月吉日 森住栄夫謹書 |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
左三つ巴
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】ロビン
【
最終
更新日時】2021/03/19 19:26:23
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