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★★★★ 参拝日:2023年3月5日 16:00
🔖御朱印は書き置きです
★★★ 参拝日:2019年9月14日 11:40
★★★ 参拝日:2018年10月11日 00:00
★★★★ 参拝日:2018年9月19日 00:00
やっとご朱印をいただけました。やはり自転車での参拝にしました。
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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 | 東京都板橋区南常盤台2-4-3 |
| 五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス | 東武東上線「ときわ台駅」 徒歩2分 |
| 御朱印授与時間 | |
| 電話番号 | 03-3956-6168 |
| FAX番号 | 03-3956-9979 |
| 公式サイトURL | https://www.tokiwadai-tenso.com/ |
| 御祭神 | 御祭神:天照大御神
配祀神:豊受姫命、大山咋命 |
| 創建・建立 | 不詳 |
| 旧社格 | 村社 |
| 由来 | 当社は天照大御神を奉斎する神社で、旧上板橋村の産土神としてお祀りされてきました。初詣、秋祭り、七五三等の行事や特殊神事の茅の輪くぐり、神明ばやし(板橋区無形文化財指定)の公演には、多くの氏子崇敬者が参詣し、賑わいを見せております。
【板橋区教育委員会掲示による板橋天祖神社の由緒】 御祭神 天照大御神。 当社の創建は不詳であるが、当社は近一帯が豊島氏によって開拓されたことを考えると室町時代には神社の形態をなしていたと思われる。江戸時代には神明社と称し、旧上板橋村の鎮守となっている。 境内にある狛犬や絵馬などの奉納者に川越街道上板橋宿の住人の名が見え、宿場と深い結びつきがあった。 寛政9年(1793)、蜀山人が当社を訪れた時の記録が残っているが、それによると、「神明宮ありて古老松杉枝を交えて大なる柊もあり宮居のさまもわら葺きにて黒木の鳥居も神さびたり・・・」と書き記している。 明治5年村社天祖神社と改称し今日にいたっている。境内にある弘化3年の狛犬に、円形のきずがあるが、これは昭和20年6月10日の空襲による爆弾の半片の跡。6月10日の空襲を伝える数少ない遺構の一つである。(板橋区教育委員会掲示より) 【「いたばしの神社」による板橋天祖神社の由緒】 上板橋村字原に天照大御神の影向跡があって、そこに伊勢社(現当社の末社〉を勧請したと伝えられる。鎌倉時代後深草天皇の頃であろうと言われる。 当社の鎮座地上板橋は川越街道の宿場として栄え、老杉老松の繁茂する杜が宿場からも遠望でき宿場の目標になったといわれる。氏子範囲は宿場を含め上板橋村全域で、社号を神明社(神明一月)と称し、村内にある小社は皆当社の支配下にあったという。明治五年十一月二十七日村社に定められ、同六年三月社号を天祖神社と改称した。 寛政九年四月太田南畝が参拝していることが、その著異本武江披砂に見える。昭和十年東武鉄道が当社の境内を含む上板橋村原の北部を買収し住宅街とした地を「常盤台」と称したが、これは当社に繁茂する松林の「常磐」にちなむものである。(「いたばしの神社」より) |
| 神社・お寺情報 | 【境内社】
榛名神社、日枝神社(権現社)、月読神社、伊勢神社、稲荷神社、北野神社 |
| 例祭日 | 祈年祭(春祭):4月21日 例 祭(秋祭):9月21日 |
| 神紋・寺紋 |
細左三つ巴
|
| 更新情報 | 【
最終
更新者】ムンク 【 最終 更新日時】2019/09/14 15:17:08 |





細左三つ巴

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