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基本情報
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住所 |
東京都大田区山王2-8-1 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
JR京浜東北線大森 徒歩1分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
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FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御祭神 |
天照皇大神 |
創建・建立 |
寛文10年(1670年) |
旧社格 |
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由来 |
当神社は山王台地の高台にあり、近くに大森貝塚や縄文時代の住居遺跡もあり、古くから人が住んでいました。古代人は、神は天上に住み、時々高い所に降臨すると信じ社を高台に建てて祭礼をしていたと考えられます。
明らかには元禄年間(1670)地元の庄屋、年寄り百姪が相寄り伊勢皇大神宮に参拝するために伊勢講を創り、伊勢の皇大神宮へ参拝し、分霊をお受けしお祀りしたのが始めと云い伝えられています。
前の池上通り(平間衛道とも云う)は400年程前に家康が五街道を整備するために海岸寄りに新しく東海道を造る前までの東海道で風光明媚な上、崖下には清水が湧き出ていました。旅人の憩いの場所で、茶屋もありました。
江戸名所図会の長谷川雪旦・江戸百景の安藤広重も好んでこの場所から見る風景を絵にしました。(明治頃には川瀬芭水も描いた)
延宝五年(1677)江戸幕府は寺社奉行に命じ当神社を円能寺の管理下に置きました。その頃は神明社と呼ばれていました。明治五年に明治政府は神社混淆禁止の令が出ましたので独立し、天祖神社と改名しました。
第二次世界大戦の終わり頃、空襲により本殿が消失しました。戦後、昭和二十八年に残っていた神楽殿を解体し、その木材を使い野口玉豊氏を始めとして、氏子の協力を得て本殿を再建しました。 |
神社・お寺情報 |
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例祭日 |
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神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】ムンク
【
最終
更新日時】2020/01/26 06:13:33
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