埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501 木ノ宮地蔵堂の写真1
埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501 木ノ宮地蔵堂の写真2
埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501 木ノ宮地蔵堂の写真3
 3.7

木ノ宮地蔵堂  (きのみやじぞうどう)


埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501

みんなの御朱印


自分の御朱印

まだ御朱印が登録されていません

みんなの参拝記録

thonglor17さん
★★★★ 参拝日:2026年1月24日 08:12

木ノ宮地蔵堂の参拝記録2
0
156
達也さん
★★★★ 参拝日:2021年5月22日 15:30


木ノ宮地蔵堂の参拝記録3
0
136
たくちゃんさん
★★★ 参拝日:2021年2月25日 00:00

自分の参拝記録

まだ参拝記録が登録されていません

みんなの動画

自分の動画

まだ動画が登録されていません

基本情報


※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501
五畿八道
令制国
東海道 武蔵
アクセス 東武東上本線ふじみ野 徒歩48分
御朱印授与時間
電話番号
FAX番号
公式サイトURL
御本尊
宗派
創建・建立
由来 境内掲示板
町指定文化財
木ノ宮地蔵堂
  三芳町大字上富字木ノ宮一五〇一番地
 木ノ宮地蔵堂(武蔵野地蔵堂)は”富の地蔵さま”として、古来人々に親しまれている。江戸時代に書かれた古文書によると、延暦二四年(八〇五)坂上田村麻呂が北国遠征の際、武蔵野で道に迷ったところを地蔵菩薩に助けられ、その加護に感謝し地蔵堂を建立したと伝えられている。また、寛永十九年(一六四二)に焼失した堂宇を三富開拓が終了した元禄九年(一六九六)に開拓農民が出資して御堂を再建したが、七〇年ほど経つと破損がひどくなったため、明和六年(一七六九)に川越藩に地蔵堂の再建を願い、安永六年(一七七七)に現存する地蔵堂を完成させたと記されている。
 地蔵堂は、間口六間・奥行七間の方丈造りで主要材のほとんどにケヤキを用い、須弥壇も総ケヤキ造りで見事な浮彫りが施されている。また、内陣の格天井には地元の絵師鈴木本英による一〇七枚の植物画が描かれている。当時、総ケヤキ造りでかつ、見事な天井画を描いている建物が建立できたということは、三富新田開拓の成功と経済的な豊かさを示しているようである。
 木ノ宮地蔵は、縁結び、子授け、子育てのお地蔵さまとして信仰されており、堂内には多数の絵馬が奉納されている。毎年四月二三・二四日と八月二三・二四日の縁日には多くの参拝者と出店で賑わいを見せ、昔と変わらぬ信仰の厚さを物語っている。
 平成十一年三月三〇日
  三芳町教育委員会
  三芳町文化財保護審議委員会
神社・お寺情報 境内掲示板
縛られ地蔵
 雑木林に囲まれた多福寺の境内にある木ノ宮地蔵は、「富の地蔵様」とも呼ばれ、古くから人々が親しみをもって接してきました。そのため、地蔵様にまつわる逸話がいくつか伝わっています。
 『むかし、富の地蔵様は夜になるとこっそりお堂を脱け出し、村々に出没するという噂が広まりました。
 檀家の者たちが集まり、「ご本尊様が脱け出しちゃ、しかたなかんべぇ」「何か悪いことでもしなければいいのだが」と心配しておりました。そのうちに、上富、中富、下富よりもっと遠くの村までお地蔵様を見たというものが出てきて、悪い噂が絶えませんでした。
 さすがに寺の者も放っておけなくなり、檀家の人たちとも相談し、お地蔵様を鉄の鎖で縛ってしまいました。それからは、もう二度と、お地蔵様が夜に出歩くという話は聞かれなくなりました。』
 こんな汚名を着せられた富の地蔵様ですが、縁結び、子授け、安産、子育てに霊験あらたかだと言われ、春の祭礼(四月二十三日・二十四日)と夏の祭礼(八月二十三日・二十四日)には、遠方からも参拝にやってくる人たちが後を絶たず、現在でもたくさんの出店で賑わい、人々に親しまれています。
 童絵作家・池原昭治著 増補改訂版『埼玉のお地蔵さん』(昭和六十二年刊)より
 平成二十二年三月
  三芳町教育委員会

境内掲示
木ノ宮地蔵奥之院の石地蔵(町指定文化財)
 奥之院石地蔵坐像は、江戸時代初期に製作され、現在入間東部地区に残る石地蔵の中では最古のものである。背面には「奉再造武州入東部木宮地蔵菩薩大権現像 寄進古尾谷木目郷(現川越市木野目)杉山長五郎 為二世安楽子孫繁栄也 時寛永十九壬午年(一六四二)雪月吉日」と刻まれている。文献によると寛永十九年に地蔵堂が焼失したと伝えられ、この石地蔵が堂字焼失直後に奉納されたと見ると、三富開拓(元禄七年・一六九四)から遡ること五十年以上もの昔、人の住まない武蔵野の原野の中にたたずむ木ノ宮地蔵はすでに人々の厚い信仰を集めていたことが窺える。

境内碑
埼玉県指定旧跡 三富開拓地割遺跡の概要
三富開拓地割遺跡は 元禄七年から九年(一六九四~九六)に川越藩主柳沢吉保の命を受け重臣曽根権太夫の指揮により実施された開拓で 三芳町上富・所沢市中富・下富の約一四〇〇町歩(約一四〇〇ヘクタール)に及び 開拓当時の景観を良く残す 生産性の高い農業地帯である。
 文化財指定 昭和三七年十月一日
 建立日 平成八年三月吉日
 建立者 埼玉県教育委員会
     三芳町教育委員会

境内掲示板
甘藷の碑
 所在地 三芳町大字上富一五〇一番地
 「富のいも」として知られるさつまいもは、三富(三芳町上富、所沢市中富、下富)をはじめとする関東ローム層の発達したこの周辺の地域で今も盛んに作られている。
 さつまいもは、青木昆陽により広められたというが、三芳町周辺では、江戸時代中頃の寛延四年(一七五一)に、南永井村(現所沢市南永井)の吉田弥右衛門が千葉から種いもを取り寄せたことが始まりである。やがて、江戸時代の末には、畑の作物のなかで最も多く作付けするようになった。今では、その当時ほど多く作付けはしていないが、依然として多くの農家がさつまいもを作っている。
 明治の末年頃、三芳町の上富を中心に、青木昆陽に感謝の意をあらわす碑を建てようという計画が起こり、周辺の村々に寄附を募って回った。その後、計画は一時中断されたが、昭和十八年に三富の人々の手により、この碑は建立された。
 平成二十二年三月
  三芳町教育委員会

境内碑
甘藷先生頌徳碑
貴族院議員正四位伯爵柳澤保承閣下篆額
青木昆陽先生ノ碩學宏才ハ普ク世ニ知ラル先生曰ク全國ニ甘藷ヲ普植シ一餓民無カラシムレハ我願ヒ足ルト因テ壽蔵ニ題シ甘藷先生ノ墓トイフ又自稱ニ仍ル先生始メ甘藷ヲ江都ノ薬苑ニ培養ス享保飢饉後各國ニ傳播シ庶民飢餓ヲ濟ハレ先生ノ志行ハル原甘藷ハ呂宋ニ出ツ巡撫金學曽此ヲ植ヱ歳荒ヲ救フ民德トシ金薯ト稱ス此ヨリ漸次琉球九州ヲ經テ本州ニ傳ハ唐薯琉球薯薩摩薯等ノ名アリ先生幕命ニヨリ諸國ニ植ヱシメ又蕃薯考ヲ著ハシ栽培法ヲ授ク爾後全國ニ普及ス就中三冨ハ關東隨一ノ産地ニシテ夙に川越甘薯ノ名ヲ以テ尤モ薯ハレ先生ノ恩惠ニ浴ス明治廿四年茨城縣人故篠原彦八氏當地ノ先考ト頌徳碑建設ヲ謀リ此霊境ヲ相シ基礎成リタルモ惜哉中絶ス偶昭和十二年七月七日支那事變勃發同十六年十二月八日大東亜戰爭トナリ 畏クモ宣戦ノ大詔煥發セラレ連戰連勝 皇威八紘ニ輝キ 皇謨中外ニ恢弘ス此秋ニ方リ燃料及食料ノ確保ヲ期スルト共に先生ニ對シ感謝ノ念ヲ新ニシ増産報國ニ至誠ヲ捧ケツツアル際地蔵堂多福寺所屬ト為ル茲ニ信徒前修ヲ跋ミ碑ヲ樹テ記念トス蓋シ此地ハ舊川越領主柳澤吉保侯開拓興農ノ史蹟タリ如今建碑ニ依リ人境一新先生ノ徳彰ハレ信仰昂揚シ治生産業ニ資治シ村名ノ既ニ富メルニ教フルトコロ鮮カラスト云爾
昭和壬午年初夏
臨濟宗管長八十三叟峯尾大休撰併書
例祭日
神紋・寺紋 未登録
更新情報 【 最終 更新者】ゆっきー
【 最終 更新日時】2026/01/31 19:29:20
 
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

近くの神社・お寺

近くのお城

このエントリーをはてなブックマークに追加 フォローする

通報

※「情報が異なる」「迷惑情報」を発見された方は、通報するを押してください。

神社・お寺検索

※は必須です
 
 
*
*

 
 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら

サイト内全検索

最近検索された神社・お寺

注生院浄光寺  稲荷社(菊田神社境内)  若八幡神社  東照宮(大津神社境内)  審神者神社  金比羅宮  庚申塔・道祖神(日吉神社境内)  慰霊塔(本村神明社境内)  薬一神社  八坂神社  稲荷神社  兜稲荷社跡  八坂神社  久平稲荷神社  三峯神社  仲町秋葉神社  稲荷神社  八幡神社  谷稲荷大明神(熊野神社境内)  稲荷神社  稲荷神社  稲荷神社  稲荷八幡神社  裏宿神社  愛宕神社・八雲神社・雨折神社(和田乃神社境内)  石大神宮・飯井宮  竹森稲荷  才兵衛稲荷  護国神社  生目神社(嵐山瀧神社境内社)  木樵神社(嵐山瀧神社境内社)  美奈宜神社(荷原)  龍神宮  事代神社  山田邑斎宮  白山神社  梅龍山観音院東林寺  明京山観音院寶性寺  電王山普門院観音寺  真盛山十王院清渕寺  光明山聖天院日輪寺  無量山円融寺  不動堂  大悲山最法寺  萬日堂  薬師堂  観音堂  観音堂  赤沼神社  弁財天  宮島神社  大祖参神  神社  日枝神社  稲荷大明神  稲荷神社  寶亀山 萬福院 観音寺  摩利支天尊日先神社  五方山熊野神社境内社 天神社  胎蔵峯寺  八雲神社  蛭子神社  三宝荒神社  金刀比羅神社  愛山東照宮(地蔵院境内)  稲荷大明神  大谷稲荷神社  七面教会  北辰神社  朝近神社  貴布祢神社  道了神社  稲荷神社  諏訪神社(三社諏訪神社境内)  妻戀稲荷神社  妻戀稲荷神社  八坂神社・琴平神社  塩釜社(穴切大神社境内)  神明社(穴切大神社境内)  大門神社  秋葉神社・猿田彦神社(天神社境内)  秋葉神社(熊野神社境内)  稲荷社(熊野神社境内)  信玄神社  染殿宮  松木観音堂  久林山圓福寺  小沢虚空蔵堂  高尾穂見之宮  しゃもじ神社  専女社(諏訪大社下社秋宮境外)  火伏稲荷神社  立石祝神  報徳太助神社  稲荷社(マルエツ プチ横)  天満宮  山神社  氷見神社  願満稲荷神社  最上稲荷 

何を投稿しますか?

神社・お寺検索

初めてご利用の方は、使い方をお読みください。
*は必須です
 
 
*
*

 
 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら
※「記録を色分け」を選ぶと、参拝や御朱印の記録が地図上で色分け表示されます。(検索に時間がかかります。ログインが必要です。)