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基本情報
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| 住所 |
埼玉県北葛飾郡杉戸町並塚1102 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
東武日光線東武動物公園 徒歩52分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
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| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
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| 創建・建立 |
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| 由来 |
境内掲示板
延命地尊(ずらっぽうさま)
所在地 杉戸町大字並塚一一〇二
昔、この並塚の地には、毎年夏になると悪い疫病がはやり、病にたおれ亡くなる者があとを絶たなかったと言う。村人たちは、一日も早く疫病が治まるよう神仏に祈っていたが、広まる一方で、手の施しようがなかったと言う。
そんなある日、松の杖を突き、墨染めの衣を身につけた「ずらっぽうさま」と呼ばれる老僧がこの地を訪れ、疫病で困りぬいている村のようすを見て、病気で苦しんでいる家を一軒一軒拝んで廻ったと言う。しかし、疫病はいっこうに衰えなかったため、ずらっぽうさまは生きたまま自分の体を仏にささげる「いけにえ」になる覚悟をきめ、七日分の食糧と鐘を持って穴の中へ入り、念仏を唱えた。七日目の晩、地下から響いていた念仏と鐘の音は絶えてしまった。すると今まではやっていた疫病はおさまり、村人は元気になったと言う。
以上が、ずらっぽうさまの伝説であるが、今でもずらっぽうさまの命日である八月二十四日には、供養が行なわれている。
昭和六十一年三月
埼玉県
杉戸町
境内碑
延命地蔵尊の由来及び地蔵堂再建の記
由来
古老からの言い伝えに依れば昔浪塚村をはじめ近郷まで悪疫が流行したとき諸国行脚の旅僧ずらっぽうという者は人達の苦難を憐れみ〇〇○救わんとし自ら墓穴に入り悪疫退散祈願の念仏を唱えつつ成仏しついに悪疫を除いたという村人達はずらっぽうの信仰の篤さにいたく感激し寛政十年延命地蔵尊を刻みここに祀ったものである
この延命地蔵尊が村人達から通称ずらっぽうさまと呼ばれている由縁はこれにあり御縁日にお参りするとその年は悪疫にかからないと言われている
供養の日
毎年八月二十四日をご縁日としているこの日老人達はお堂の内外を清掃し持ち寄ったおにぎりあられ野菜の煮物などを供えお堂の前に筵を敷き大きな数珠〇回し念仏を唱えて供養をし御供物を戴きながら歓談する
地蔵堂創建
延命地蔵尊に寛政十年を刻まれていることからこの時安置するため建立されたものと思われる
再建
お堂が長年の風雨により腐朽し自然崩壊のおそれが出てきたため復旧することとし広く浄財を募ったところ多大の寄進があり特に郷土出身の参議院議員大正製薬株式会社会長上原正吉先生の格別の寄進とによってこれまで共同墓地の中に建坪一坪半ほどで在ったものを五坪に拡張しもとの場所より西側に移して再建したものである
昭和五十五年八月吉日
棟梁行田市堂宮彫刻師 高橋幹治
撰文 濱田泰司 |
| 神社・お寺情報 |
葛飾郡新西国5番
新編武藏風土記稿
葛飾郡竝塚村
西方院 新義眞言宗 埼玉郡百間村西光院末 安養山ト號ス 本尊阿彌陀 |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2026/05/02 20:07:30
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