みんなの御朱印
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ゆずさん
2022年11月13日 11:00
13
ちゃっぴ〜さん
2022年6月26日 00:00
13
みゆさん
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15
えのさんさん
2019年8月19日 09:22
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たろささん
2019年8月17日 12:00
10
たろささん
2019年8月17日 12:00
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基本情報
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住所 |
長野県長野市西後町1568 |
五畿八道 令制国 |
東山道 信濃 |
アクセス |
長野電鉄長野線権堂 徒歩6分 |
御朱印授与時間 |
|
電話番号 |
026-233-2449 |
FAX番号 |
026-233-0301 |
公式サイトURL |
|
御本尊 |
阿弥陀仏座像 |
宗派 |
浄土宗 |
創建・建立 |
建久8年(1197年) |
由来 |
善光寺と長野駅を結ぶ中央通り(表参道)のちょうど中間点に位置する当山は、今からおよそ八百有余年前の建久年間の創建で源頼朝公を開基としています。頼朝公が善光寺へ参拝の折、その行列が当地にさしかかると、にわかに紫の雲がたなびき、一光三尊の阿弥陀如来が影現し、頼朝公に直接十遍のお念仏をお授けしました。この摩訶不思議な仏縁に頼朝公は当地を聖地と定め、一宇を建立し、紫雲山頼朝院十念寺と名付けたと伝えられています。現在は檀信徒教化に専念する一般的な寺院です。
寺伝によれば、建久8年(1197年)に源頼朝が善光寺を参詣した際に、阿弥陀三尊が出現し十念を授けたことにより、頼朝が寺領を寄進し、僧念阿良慶を開山として創建したと伝わる。実際には『仏向派血脈譜』から、南北朝時代初期に、時宗の一向俊聖の高弟である一願阿聖が開山したとされる。大塔合戦を描いた『大塔物語』には、守護方の大量の戦死者の死骸を十念寺の聖と善光寺妻戸衆が埋葬したことが記されており、その墓地には応永15年(1408年)に十阿上人のために建てられた板碑がある。
その後は無住となり荒廃したが、寛永年間(1624年〜1645年)に寛慶寺住職円誉秀甫が入寺し重興となり、現在に至る。弘化4年(1847年)の善光寺地震では本堂や大仏堂などが倒壊している。 |
神社・お寺情報 |
善光寺七寺
善光寺四十九名所
阿弥陀如来坐像:地域では「出世大仏」と呼ばれ親しまれています。 |
例祭日 |
1月2日:合格祈願会(於 大仏堂)
奇数月第3土曜日(原則):只一向に念仏する会(善光寺大本願・道心会主催) |
神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
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最終
更新者】優雅
【
最終
更新日時】2021/02/26 23:59:52
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