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基本情報
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住所 |
埼玉県さいたま市北区今羽町106 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
埼玉新都市交通伊奈線今羽 徒歩3分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
0486640072 |
FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御本尊 |
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宗派 |
浄土宗 |
創建・建立 |
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由来 |
新編武藏風土記稿
足立郡今羽村
眞福寺 淨土宗鴻巢宿勝願寺末自在山實相院ト號ス此寺往古ハ時宗ニテ元阿覺圓和尙ノ起立ナリト云元阿カ碑境內ニアリ永和二年三月十九日元阿彌陀佛ト彫レリ此餘文明十年逆修重阿彌陀佛及ヒ文永五年天文二十年等ノ古碑立リ當寺第六世諦譽義全カトキ今ノ宗旨ニ改メシト云此義全永正七年十月朔日示寂トイヘハ淨土門ナリシモ古キコトナリ本尊三尊ノ彌陀惠心ノ作ナリト云 天神社
境内碑
本堂落慶記念碑
四十七世融譽正隆
副住職 良譽忠雄
月影のいたらぬ里はなけれども
ながむる人の心にぞすむ
浄土宗々歌
法然上人御詠
真福寺縁起
自在山実相院真福寺は、室町時代の永和二年(一三七六)元阿党円和尚の創建である。第七世諦譽義全和尚により、時宗から浄土宗に改宗された。爾来、当山は法然上人によって独創された本願念佛の実践道場である。その本尊佛の阿彌陀如来立像は、恵信僧都の作と伝えられている。また、本尊と共に安置された正観世音菩薩立像は「子育観音」とも呼ばれ、厚く信仰されている。特に子授祈願の後、子宝に恵まれ、大願成就の報告に訪れる者も多い。境内地にある板石塔婆群のうち四基は市指定文化財であり、宗旨変遷と一致しているこの板碑は、非常に希有な例で、大変貴重なものといわれている。
平成九年十一月吉日 |
神社・お寺情報 |
境内掲示板
大宮市指定有形文化財
真福寺板石塔婆
所在 大宮市今羽町一〇六番地 真福寺
指定 昭和四十五年三月七日
ここに保存されている八基の板石塔婆(板碑)の中で、特に永徳元年(一三八一)(高さ一四九センチメートルで最も大きい)、永和二年(一三七六)、文明十六年(一四八四)の「南無阿弥陀佛」と陰刻された六字名号板碑三基と、天文二十年(一五五一)の弥陀三尊種子のもの一基の、計四基は市の指定文化財となっている。大宮市内には約千二百基の板碑があるが、六字名号の板碑は二十基程に過ぎない。ここにある三基には、六字名号と阿号の人名がみられ、時宗の板碑であることが知られる。
当寺については新編武蔵風土記稿に「此寺往古時宗にて、元阿覚円和尚の起立なりしと云、元阿が碑境内にあり、永和二年八月十九日元阿弥陀仏と彫れり、此余文明十六年逆修宇重阿弥陀仏及び、文永五年、天文二十年等の古碑あり、当寺第六世諦誉義全のとき今の宗旨に改めりと云・・・」の記載があり、当寺は往古時宗の寺で、元阿覚円が開山し、第六世諦誉義全のとき浄土宗に改めたということがわかるが、ここにある板碑はこの寺伝と一致する貴重な資料である。また風土記刊行後約百年を経て、なお当時のままに保存されている事実も稀な例である。
昭和五十五年三月
大宮市教育委員会 |
例祭日 |
|
神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2023/08/06 14:58:33
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