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基本情報
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住所 |
埼玉県児玉郡上里町七本木3316-1 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
JR高崎線神保原 徒歩30分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
0495331930 |
FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御本尊 |
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宗派 |
曹洞宗 |
創建・建立 |
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由来 |
新編武藏風土記稿
賀美郡七本木村
休安寺 同宗(曹洞宗)上州群馬郡東明星村萬松寺末 慈眼山ト號ス 當寺モ金井筑前守ノ建立ト云 開山龍山慶長十三年十二月五日示寂 本尊正觀音及ヒ不動毘沙門ヲ安セリ 開山堂 銅像ノ釋迦ヲ安ス 禪室 藥師及ヒ十二神ノ像ヲ安ス 鐘樓 近キ頃所鑄ノ鐘ヲ掛ク
境内碑
本堂建設碑
慈眼山休安寺は、群馬県美納町萬松寺の末寺で龍山永澤大和尚を請し、慶長元年(一五九六年)に当地の金井筑前守により建立されました。
それ以来、四〇〇年余風雪に耐え修理修復が繰り返えされてきましたが、関東大震災や大東亜戦争などの乱世もあり老朽化が進み、当山二十五世義重和尚戦病死後は継承者がなく二十年余りの住職不在の時代もあり、伽藍・境内ともに荒れ果てておりました。
昭和四十三年四月より二十四世宗重和尚の末子である玉仙和尚が入山、二十六世住職となり檀信徒各位のご理解ご尽力により休安寺復興に力を注ぎ、鐘堂堂・客殿・山門等を建立するに至りました。
その後、住職が最も念願しておりました大本堂建立を発心した矢先に、病に冒され平成八年十二月十八日世壽六十六歳で遷化しました。
平成九年に二十六世の長男である浩一和尚が二十七世住職を拝命、檀信徒各位のお力添えで大本堂建立することを決議、平成十二年四月に本堂建設委員会を発足し、資金関係・建設関係など慎重審議して数々の諸問題を解決し、大本堂建立に着手することとなり、
平成十四年九月二十九日 旧本堂解体・御本尊諸佛遷座式
平成十四年十月二十六日 地鎮式(工事着工)
平成十五年四月十三日 上棟式
平成十六年一月二十三日 大本堂完成
平成十六年五月二十三日 御本尊・諸仏點眼安座式
本堂建設委員とともに法要を厳修しました。
平成十七年六月五日、各寺方丈様のご法導と檀信徒各位のご尽力を基とし、大本堂落慶式・二十七世大仙浩一和尚晋山結制の法縁を修行し無事大圓成しました。
茲に、大本堂建立に関わる方々と檀信徒各位の篤き菩提心に對し心より深く感謝し、今後この大本堂がすべての生きとし生けるものの万福多幸全世界平和の礎となり諸縁吉祥ならんことを祈念します。
平成十七年六月吉日
當山二十七世浩一謹書
境内掲示板
曹洞宗 休安寺
群馬県高崎市内の萬松寺の末寺で慈眼山休安寺と呼ばれています。創建時期は定かではありませんが、龍山栄潭大和尚(一六〇八年没)を開山とし、当地の有力者であった金井筑前守が創建したと伝えられています。
本殿には、御本尊として正観音菩薩像、脇侍として不動明王像と毘沙門天像が安置されています。このほか境内の開山堂には金銅釈迦如来坐像、禅堂には薬師如来像と十二神将像が安置されています。
町指定有形文化財 金銅釈迦如来坐像
町内唯一の金銅製の仏像です。穏やかな表情と流れるように美しい衣の表現が特徴です。
仏像の台座には、宝暦十三(一七三六)年九月十七日に木村政右エ衛門が願主となり、江戸神田の鋳工多川民部が制作したことが刻まれています。
休安寺
上里町教育委員会 |
神社・お寺情報 |
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例祭日 |
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神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2025/04/05 17:17:59
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