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基本情報
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住所 |
埼玉県比企郡ときがわ町西平524 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
JR八高線明覚 徒歩59分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
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FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御本尊 |
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宗派 |
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創建・建立 |
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由来 |
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神社・お寺情報 |
新編武藏風土記稿
比企郡平村
慈光寺 慈光寺を參照
女人堂 山ノ上リ初ノ一町ニアリ 本尊阿彌陀ヲ安ス
境内掲示板
国宝「慈光寺経」装飾法華経提婆達多品
鎌倉時代 慈光寺蔵
慈光寺を創建された道忠禅師は、奈良の都で、唐より波濤を越えて来朝された鑑真和上に、佛教を学ばれ、持戒第一の弟子といわれました。生まれ故郷の武蔵国に帰り、ここ都幾山を根拠に上野(群馬)に浄法寺(緑野寺)を建立し、下野(栃木)の大慈寺を復興して関東一円に佛教を広めました。これにより慈光寺は、平安、鎌倉、室町時代と東国佛教の大中心として栄華隆盛を極め、最盛期には寺坊七十五を数えるほどでした。
諸説伝承によると、この女人堂も平安初期において、女人禁制のため、慈光坂途中に建立されていました。女人信仰の御堂として世々、増改築や移設もされ、この地元住民の遠き親達の誠実な祈りと尊き志により護られ維持されてきました。
このたび山頂の慈光寺に伝来する国宝「慈光寺経」の内、金泥文字の剥落はあるもののほぼ完全な姿で伝えられてきた「装飾法華経提婆達多品第十二」を拡大陶窯焼成して、諸衆の祈念に、とりわけ女性の幸せのために掲立しました。
この「装飾法華経提婆達多品」の本文には、サーガラ竜王の娘が、「解悟」に達したことに、釈迦の高弟サーリプトラ(舎利弗)が疑義をはさむが、彼女は、これを論破して、衆生に法を説き、「解悟」をえさせて信愛させてゆく物語がある。この故に、女人成佛の経巻として、古来あまた女人の信仰篤く、はからずもこの女人堂にもっともふさわしい機縁に恵まれたことになる。
本経の結縁者は、文永七年(一二七〇)の「一品経書写次第」に吉祥御前と記されている。
見返絵は、金箔、砂子を霞濃淡に横断させた上に、墨絵による松、柳、もみじを描き、下方に芦、おみなえしと岩を配している。この絵の中に、「法華経序品」の「或有諸比丘、精進持浄戒、猶如護明珠」の文字が芦手絵風に見え隠れする。
本文は金泥の文字で界線は、世にも珍しい截金による三重線である。その下地は金地に金による波寄する洲浜の絵がある金尽くしの豪華な経巻である。王朝文化の衰退しつつある後鳥羽宮廷の作品で陰翳深く高貴な趣をみせている。
南無妙法蓮華經 合掌
平成十年五月
慈光寺 百七世明了 識 |
例祭日 |
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神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】つねならむ
【
最終
更新日時】2024/09/21 19:50:29
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