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参拝日:2025年12月22日 00:00
参拝日:2025年8月15日 00:00
★★★★ 参拝日:2025年4月19日 11:00
甲斐百八霊場 第3番
★★★ 参拝日:2025年1月25日 09:55
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基本情報
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| 住所 | 山梨県笛吹市石和町松本610 |
| 五畿八道 令制国 |
東海道 甲斐 |
| アクセス | JR中央本線石和温泉 徒歩4分 |
| 御朱印授与時間 | |
| 電話番号 | 0552622100 |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | http://www.daizokyoji.org/ |
| 御本尊 | 不動明王座像 |
| 宗派 | 真言宗智山派 |
| 創建・建立 | |
| 由来 | 松本山大蔵経寺(しょうほんざんだいぞうきょうじ)は奈良時代 養老6年(722年)に法相宗の行基菩薩を開祖として創建されたと 伝えられています。 往古は菩提山長谷寺(ぼだいさんちょうこくじ)の本坊で、松本寺と呼ばれており、山内に物部神社を勧請し、大寺院であったようです。 応安年間(南北朝時代)足利三代将軍義満の庶子、観道上人(かんどうしょうにん)が中興開山として入山するにあたり、義満公が甲斐の守護武田信成に命じて七堂伽藍を建立させました。 この時より武田家祈願寺になっています。 山の形が、獅子が蹲踞(そんこ)するのに似ていることから青獅子山(せいししざん)と号し、観道上人が大蔵経を五重の塔に奉納したことに由来して、寺名を松本寺から大蔵経寺に改めました。 後に旧松本寺の寺号を山号に変え、松本山大蔵経寺になっています。 永正13年(1516年)9月28日、武田信虎と駿河勢との 「万力の合戦」にて兵火にあいましたが、その後の復興されました。 永禄11年(1568年)信玄の越後攻めの際、戦勝祈願寺として大蔵寺の寺名もあり、武田家の守護尊である「将軍地蔵」も所蔵します。 江戸時代に入ってから、徳川家康・秀忠らによる当山護持復興に、 約30石の所領が御朱印地として安堵され、寺門は興隆をみました。その時に賜った家康公の念持仏である三面大黒天や、権現堂厨子が 現在残っています。 享保3年(1718年)甲府藩主柳沢吉里公が大般若経を寄付し、大蔵経寺に甲府城(舞鶴城)の祈願を依嘱し、毎年正月甲府城内で大般若経を転読しました。また当寺は甲府城から鬼門にあたるので、甲府城代が毎月17日、武運長久に祈願参拝したと伝えられています。 江戸期は新義真言宗檀林能撰寺格(学問所)を有し、 甲斐国真言宗七檀林の一寺とし寺門興隆の一途を辿りました。 創建以来、数度にわたる火災により堂宇は焼失してしまいました。 現在の伽藍は天保から安政年間に再建されたものです。 |
| 神社・お寺情報 | 甲斐百八霊場 第三番 |
| 例祭日 | |
| 神紋・寺紋 |
未登録
|
| 更新情報 | 【
最終
更新者】まっきー 【 最終 更新日時】2025/04/19 20:54:35 |






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