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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
京都府京都市東山区八坂上町388 |
五畿八道 令制国 |
畿内 山城 |
| アクセス |
京阪本線祇園四条 徒歩10分 |
| 御朱印授与時間 |
10:00~16:00
|
| 電話番号 |
075-551-2417 |
| FAX番号 |
075-551-2417 |
| 公式サイトURL |
|
| 御本尊 |
五智如来 |
| 宗派 |
臨済宗建仁寺派 |
| 創建・建立 |
伝)崇峻天皇5年(592年)伝)聖徳太子開基 |
| 由来 |
[ 霊応山八坂法観禅寺 ]
霊応山法観寺と号し、臨済宗建仁寺派に属し、通称「八坂の塔」と呼ばれる。
高さ 46 メートル・純和様建築・本瓦葺五重塔と薬師堂・太子堂が現存する。殊に五重塔は、東山一帯のシンボルとされている。本尊として金剛界の五仏を安置する。
寺伝によれば、聖徳太子が如意輪観音の夢告により五重塔を建て、仏舎利三粒を納め法観寺と号したという( 589 年)。またこの創建には古くから八坂郷を拠点としていた渡来系豪族狛人・八坂造がかかわるものと推測される( 678 年)。
天暦二年( 948 )塔身が西に傾き、霊居寺僧・浄蔵貴所が加持してこれを復したという。また治承三年( 1179 )清水寺衆徒と祇園神人の争いにより類焼したが、建久二年( 1191 )源頼朝により再建された。その後、寺勢は振るわなかったが延慶二年( 1240 )建仁寺八世・済翁証救が入寺し禅刹に改める。正応四年( 1291 )
落雷により焼亡したが、延慶二年( 1309 )後宇多院の援助を受けて北条貞時・山内円成尼が復興した。
暦応元年( 1338 )以来、足利尊氏・直義兄弟は夢窓国師の勧めにより、全国に安国寺・利生塔を建てたが、山城国利生塔には当寺五重塔をあて、仏舎利を奉納した。あわせて播磨国印南庄の地頭職を寄進して当寺塔婆復興のための供養所とし、この間の事情を南禅寺渡来僧・清拙正澄(大鑑禅師)に「法観禅寺仏舎利塔記」として記させている。
康永元年( 1342 )住持・高山栄元の尽力で補修され、夢窓国師を大導師に迎え盛大な供養が執り行われた。しかし、永享八年( 1438 )炎上、同十二年、室町幕府六代将軍・足利義教公により再建され今日に至っている。
― パンフレット「八坂の塔」より ― |
| 神社・お寺情報 |
正式名:霊応山 法観禅寺
別称:八坂の塔
● 文化財(寺宝)
・五重塔(重文)
・紙本着色八坂塔絵図(重文)
・太子堂 薬師堂(市文)
その他 |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】狛猫
【
最終
更新日時】2022/10/18 23:04:21
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