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磁生さん
2026年1月1日 00:00
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基本情報
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| 住所 |
茨城県稲敷郡阿見町中郷2-25 |
五畿八道 令制国 |
東海道 常陸 |
| アクセス |
JR常磐線荒川沖 徒歩46分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
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| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
豊城入彦命 |
| 創建・建立 |
和銅元年(708年) |
| 旧社格 |
式内社小社、旧郷社 |
| 由来 |
創建は和銅元年(708年)。 崇神天皇18年(紀元前80年)、豊城入彦命が崇神天皇の勅命による東国平定で当地に訪れた際、「皇祖の天下を経営せらるるや阿彌普都、実に能く天業を補弼せり、其神功成るに及びて天に還りしと、蓋し是地に於てするや」と常陸国風土記に記された普都大神の事蹟を偲ばれた。この御言葉が信太郡阿彌郷、ひいては阿見町の由来になったという。この伝承を縁故として、和銅元年(708年)に祠を建てて皇子を祀り、阿彌神社と称した。豊城入彦命の後裔一族に大網公があり、その氏神かという推測がある。 別伝として、「式内社調査報告」には、元は海神を祀るもので、天平勝宝2年(750年)の神託により豊城入彦命を合祀したという伝承がある。曰く、持統天皇5年(691年)の夏、霞ヶ浦沖に光が出るので漁師が網を下ろすと、風雨とともに異人が現れた。異人は「海の神小童の神」と名乗り、霞ヶ浦の大毒魚の悪光が不漁と国家の愁をもたらすと言い残し、波底に沈んだ。すると雲が晴れて波が静まった。漁師は「海の神小童の神」を祀る「海神社」を村内の浄地に建立したが、後に社名が転訛して「網神社」になった。 ただし、この二つの伝承にも関わらず、近世の祭神は武甕槌命だった。明暦3年(1657年)の棟札写では本地十一面観音(武甕槌命の本地)、享保明和年間(1716-1771年)の資料では鹿島明神で、文献上、阿彌神社を称し始めたのは天明元年(1781年)以降という。
式内社論争 阿見町には旧阿見村の阿彌神社(中郷)と、旧竹来村の阿彌神社(竹来)があり、式内阿彌神社の論社となっている。近世、村内の熊野権現と合わせて、三社で激しく式内社を争い、文政12年(1829年)に寺社奉行の勅許を仰ぐに至った。明治以後も論争は諸説紛々で、社格的に上である竹来が有力視されているが、大日本地名辞典、郡郷考、式社考等は中郷を比定社としている。 |
| 神社・お寺情報 |
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| 例祭日 |
10月1日 |
| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】かんたろう
【
最終
更新日時】2018/11/05 23:38:56
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