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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
埼玉県志木市上宗岡2-2-34 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
東武東上本線柳瀬川 徒歩26分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
049-251-7520 |
| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
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| 創建・建立 |
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| 旧社格 |
旧村社 |
| 由来 |
境内掲示板
宿氷川神社由緒
祭神
須佐之男命 奇稲田姬命 大己貴命
當氷川神社は白河天皇の御代承歴二年戌年(一〇七八)千光寺住職権大僧都善海が當国一ノ宮(現大宮市高鼻町)氷川神社を分祀したものと言う爾来千光寺の管理下にあって宗岡村上組見次組産土として敬仰される(新編武蔵風土紀稿)
本社造営の年月は詳らかではないが明治維新後神佛分離により社格定制の節 村社に指定され昭和十八年二月拝殿、弊殿、覆殿を新築、昭和十八年三月神饌弊帛料供進神社に指定され昭和二十年八月宗教法人による神社となる
古老の伝えるところでは観応二年九月辛卯(六二〇余年前)に當村下ノ宮に分祀 當社より茶碓石を分け上石に前記年暦を刻して埋めその上に石を積み神殿真下に幣帛の御神体が祀られたという
右の理由により當社と下ノ宮氷川神社に相対して鎮座し氏子住民を守護されているという
境內の面積は一〇四六平方米(三一七坪)氷川神社の他 倉稲魂命の祭神を幣る稲荷社がある
平成三年十一月吉日
境内掲示板
宿氷川神社(上ノ氷川神社)
創建は、承暦二年(一〇七八)千光寺住職の権大僧都善海が、武蔵国一の宮氷川神社(さいたま市高鼻町)を分祀して行われたものと言われています。
創建以後は、千光寺の管理下に置かれ、宗岡上組・見次組の産土神として信仰されています。
本殿建立の時期については、明らかではありませんが、明治維新後、神仏分離に伴う社格制定で村社に指定されたこの神社は、昭和八年二月に拝殿、幣殿、覆殿を新築し、昭和十八年三月に神饌幣帛料供進神社に指定されました。
昭和二十年八月、戦後の制度改革により宗教法人による神社(四級社)となっています。
伝承では、観応二年(一三五一)九月に宿氷川神社にあった茶臼を二つに分け、その上石に前記年暦を刻んで、神殿の床下に埋め、真上にあたる社殿内に幣帛のご神体を祀ったことが下ノ氷川神社の始まりと言われています。そのため、下ノ氷川神社は宿氷川神社と向かい合うように北に面して建てられ、氏子の村人を守るとされています。
面積は一〇四六平方メートルある境内には、その他に、倉稲魂命を祭神とする稲荷社も祀られています。
平成十四年三月一日 志木市教育委員会 |
| 神社・お寺情報 |
水盤 慶應元乙丑年(1865)
境内碑
神饌幣帛料供進神社指定記念碑
由緒
當社ハ承暦戊午二年武藏之國高鼻村氷川神社ヨリ分祀セラレ宗岡村字上組見次ノ產土神トシテ敬仰セラル每年三月十七日ヲ以テ祭典ヲ行フ昭和十八年三月四日神饌幣帛料供進神社ニ指定セラル因テ之於誌シテ記念トス
大東亜戰爭熾烈ノ時
昭和十八年三月十七日
氏子總代
氷川神社社掌 |
| 例祭日 |
一月一日 歲旦祭
二月十九日 祈年祭
三月十七日 例大祭
五月一日 道饗祭
七月三十日 大祓
十一月二十三日新嘗祭(勤労感謝祭) |
| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】ロビン
【
最終
更新日時】2024/01/18 17:20:22
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