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★★★ 参拝日:2017年9月25日 00:00
裏原宿にある神社。 少し入り込んだところにあるのでとても静か。
★★★★★ 参拝日:2023年5月1日 09:00
社務所11:00からとの事で、御朱印はまたの機会にいただきます。
★★★★ 参拝日:2023年1月14日 14:46
🔖御朱印は書き置きです 🧧御守りを購入する事が出来ました⭕️
★★★★★ 参拝日:2020年9月14日 08:00
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住所 | 東京都渋谷区神宮前5-26-6 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス | JR山手線「渋谷駅」「原宿駅」より、いずれも徒歩10分 営団千代田線「明治神宮前駅」より徒歩7分 都バス・「渋谷駅」東口より池袋東口、早大正門行「神宮前6丁目」下車 徒歩3分 |
御朱印授与時間 | 11:00~16:00 |
電話番号 | 03-3407-7036 |
FAX番号 | 03-3407-7080 |
公式サイトURL | https://onden.jp/ |
御祭神 | 御祭神
淤母陀琉神(おもだるみのかみ) 阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ) 相殿神 櫛御食野神(くしみけぬのかみ) |
創建・建立 | 不詳 |
旧社格 | 村社 |
由来 | 当社の創建は定かではありませんが、穏田と呼ばれたこの地の産土神として古くより信仰されてきました。天正18年(1590年)に徳川家康が関東の領主になると、翌年、家康に従っていた伊賀衆がこの穏田の地を賜りました。これは伊賀衆が本能寺の変の際に京都にいて命を狙われた家康を東国へと導いた「伊賀越え」などの武功によるものです。
神仏習合の時代だった江戸時代には、御祭神と同一とされる天界の王「第六天」を祀り、当社は「第六天社」と称されていました。明治維新によって神仏が分けられると現在の社名に改称されました。 また江戸時代、この地は水が豊かだったことから多くの田畑が広がっており、渋谷川には多くの水車がありました。その様子は葛飾北斎の『富嶽三十六景』の中にも描かれています。 明治18年(1885年)には、穏田村84番地(現在の神宮前6丁目)にあった熊野神社を合祀しました。熊野神社があった地は、加賀・前田家とゆかりの深い浅野家が治めていたことがあり、合祀の際に移築した当社の手水舎には前田家の家紋が刻まれています。 昭和天皇御大典の記念事業として、社殿の増改築・社務所の新築、神楽殿・手水舎等の改修を行い、神社施設を完備しました。当時まだ当社は無格社でしたが、千駄ヶ谷町合併に伴い、氏子の誠意によって昭和3年9月25日に社格申請をし、同年11月2日に村社に昇格しました。 昭和20年(1945年)5月25日の東京大空襲の際には、神輿庫を除いてすべてが消失しました。しかし、氏子崇敬者の敬神の真心と献身的なご尽力により、小松公爵邸にあった邸内社や灯籠が払い下げられるなどして当社の施設は再建されました。 しかし、戦後50年を経て施設の老朽化が著しく、平成8年(1996年)に全面的な改築を行い、平成10年(1998年)に社殿や社務所、神輿庫が新築され、稲荷社・手水舎は移築されました。 現在はファッション・アパレル、美容関係を中心に多くの店舗や企業が立ち並ぶようになり、新たな文化流行の発信地として世界中から多くの人々が集まる街になりました。当社は街の鎮守として、この地で生活している人々をお守りしています。 |
神社・お寺情報 | |
例祭日 | 1月1日:元旦祭(歳旦祭) 1月19日:新年中祭(熊野祭) 2月節分:節分祭 2月11日:紀元節祭 2月17日:祈年祭 3月:初午祭 5月5日:端午祭 6月30日:夏越大祓 9月第週の土日:例大祭 11月23日:新嘗祭 12月29日:年越大祓 12月31日:除夜祭 |
神紋・寺紋 | 左三つ巴 |
更新情報 | 【
最終
更新者】優雅 【 最終 更新日時】2022/07/18 04:09:35 |