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野間神社
(のまじんじゃ)
鹿児島県南さつま市笠沙町片浦4108
みんなの御朱印
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(Y.1966.Sさん)
 2
御朱印日:2025年10月28日 00:00
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みんなの参拝記録
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(Y.1966.Sさん)
おすすめ度:
0
 2
参拝日:2025年10月28日 00:00
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(いたりんさん)
おすすめ度:
0
 69
参拝日:2018年11月24日 14:53
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基本情報
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| 住所 |
鹿児島県南さつま市笠沙町片浦4108 |
五畿八道 令制国 |
西海道 薩摩 |
| アクセス |
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| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
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| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
瓊々杵尊(ニニギノミコト)木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメミコト)火照命(ホデリノミコト)火闌降命(ホツセリノミコト)彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)天神七代(テンシンシチダイ)地祇五代(チギゴダイ)伊弉諾尊(イサナギノミコト)大山祇命(オオヤマツミノミコト)猿田彦命(サルタヒコノミコト)事勝国勝長狭命(塩土翁)(コトカツクニカツナガサノミコト(シオツチノオキナ)) |
| 創建・建立 |
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| 旧社格 |
村社 |
| 由来 |
勧請年代は詳かではないが、往古は野間岳頂上(五九一米)に東宮、西宮の両社があった。東宮に瓊々杵尊・木花咲耶姫命の二柱を、西宮にその三皇子を奉祀し、一の鳥居は一里余を隔てて赤生木村に石造りのものがあった。島津忠良公は天文七年十二月の加世田攻めに際し、当社へ祈誓なされ程なく平定できたので益々崇敬篤く、同九年より毎年正月二十日には加世田屋地邸へ当社の神幸があり、神事が執行された。また、日新公は同二十三年九月東宮を、永禄十年九月西宮を改築され、その輪奐美は人々を驚かせたというが、台風のため破壊されたので東西二宮を合して一宮とした。その後、文政十三年十二月七日、社殿を野間岳八合目の東南面に遷座した。代々藩主島津公の崇拝、尊信もことのほか篤く、宝刀・名弓名箭をはじめ、御親筆の祈願文や和歌をも奉納された。御祭神の瓊々杵命 は高千穂山に天降りになり、皇都にふさわしい地を求め船でこの笠沙にお着きになった。この時、尊にかしづき御案内をしたのが塩焚の翁と、茅取りに出かけていた兄弟二人の翁であった。暫く御滞在の間、野間岳内堂の辺等を御巡幸なされ、当地にはこの時に因む地名や説話がいろいろ残っている。また当社は野間岳の南北に開け、東西に影なす山も無く朝日夕日のよく指す所で、旧記、古老の口碑等とも正しく符号する吉き地にある。 |
| 神社・お寺情報 |
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| 例祭日 |
二月二十日 |
| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】Y.1966.S
【
最終
更新日時】2025/10/28 20:31:03
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