埼玉県蕨市北町3-2-4 金亀山極楽寺三學院の写真1
埼玉県蕨市北町3-2-4 金亀山極楽寺三學院の写真2
 4.6

金亀山極楽寺三學院


埼玉県蕨市北町3-2-4

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(ひでパパさん)
32 御朱印日:2025年4月30日 00:00
(ひでパパさん)
35 御朱印日:2025年4月30日 00:00
(ぴよぴよさん)
42 御朱印日:2024年10月9日 00:00
ご丁寧にお書き入れ頂きました。ご縁に感謝です。
(神仏縁日さん)
54 御朱印日:2022年1月9日 00:00
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56 御朱印日:2021年12月23日 00:00
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63 御朱印日:2021年6月13日 11:20
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36 御朱印日:2013年9月29日 00:00

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(thonglor17さん)
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0 102 参拝日:2022年1月9日 00:00
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基本情報


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住所 埼玉県蕨市北町3-2-4
五畿八道
令制国
東海道 武蔵
アクセス JR京浜東北線蕨 徒歩14分
御朱印授与時間
電話番号 0484432125
FAX番号 0484474730
公式サイトURL
御本尊
宗派 真言宗智山派
創建・建立
由来 境内碑
金亀山三學院沿革
当山は金亀山極楽寺三学院と称し、明治十七年九月二十日真言宗智山派総本山智積院の末寺となったが、もとは京都醍醐三宝院に属していた
創立年代に関する記録は残っていないが、天正元年(一五七三)霜月廿一日賢寛に地蔵院流実勝方を付法した賢広法印を開基と伝えているところから、元亀(一五七〇~)以前の開創と思われる 天正十九年(一五九一)中興第一世宥盛大僧正のとき家康公より寄せられた御朱印二十石は、明治維新に至るまで受領していた
本尊は十一面観世音立像(御丈五尺五寸、一木造)で、平安中期の面影を存し、慈覚大師の御作と伝えられる
古くより関東七ヶ寺の役寺として重きをなし、近世には高尾山、高幡不動等と共に関東十一談林として榮え、専ら宗侶の育成教化にあたり、義山能化・第一座等慧・同宜伝ら多くの俊哲をだしている
享保十年(一七二五)四月十日火災にかかり、仁王門を残し全山焼失したが、二十年三月に本堂が再建され、続いて庫裡書院等が逐次造營された しかしこれら諸堂も安政、大正の大震災に大破した
総門(総欅造)は明治二十六年に建立、庫裡書院は昭和六年より九年にわたって完成、二十九年には総桧造天然スレート葺の応接室が新築された また三十四年には護国平和を祈念して青銅御丈二十尺の十一面平和觀音像を鋳造し、境内に安置した
昭和四十三年、当山檀信徒の絶大なる支援により新本堂(鉄筋コンクリート二階建、約二百五十坪)が着工され、その完了にともない大玄関(二階建、七十余坪、総尾州桧材)が竣功し、さらに総門、仁王門(銅板に葺替)、長屋門の三門を移転改修した 続いて築地塀の完成を見、ここに旧観は全く一変するに至ったのである
参道は今までは杉並木であったが、四十六年二月、本尊観世音菩薩の功徳になぞらえて三十三本の銀杏樹に植えかえた
将来この樹が茂り、参詣の善男善女にとってよき憩いの場となるであろう
付属施設として、昭和二十五年三月和光幼稚園を設立、のち学校法人に組織を改め、現在四百余名の園児を収容し、佛教精神にもとずく徳操教育に重点をおき、宗教情操の涵養に精進している


境内碑
新本堂建立記念碑
  落慶式表白文
謹ミ敬ツテ真言教主大日如来両部界会諸尊聖衆殊ニハ本尊十一面観世音菩薩ノ御前ニ白テ言サク
以ルニ当山創建ノ年月ハ詳カナラザルモ元亀以来数百年ノ星霜ヲ閲ス 往時ヨリ江戸七ヶ寺ノ随一トシ又関東十一談林所トシテ宗内工重キヲナシ幾多ノ俊哲ヲ輩出シ只管学匠ノ育成ニ精進シ来レリ然ルニ享保ノ回祿後再建セシ堂宇モ漸ク大破シ安政大正ノ震災ヲ経テ倍々甚シク遂ニ今回檀信徒ノ絶大ナル協賛ニヨリ二ヶ年有余ノ歳月ヲ費シカクモ豪壮ヲ極メタル耐震耐火ノ新本堂ヲ造営シ更ニ大玄関ノ新築就リ次デ仁王門ノ移築等境内ノ整備全ク竣功セリ (以下略)
  昭和四十六年五月二日
        三学院第三十世住職
           大僧正 倉持秀峰


新編武藏風土記稿
足立郡蕨宿
三學院 新義眞言宗山城國醍醐三寶院末 金龜山極樂寺ト號ス 寺領二十石ハ天正十九年御朱印ヲ附セラル 本尊十一面觀音立像ニテ長四尺許 慈覺大師ノ作 傍ニ如意輪觀音ヲ安セリ長一尺四寸 許定賴ノ作 當所ハ坂東二十番ノ札所ナリ 開山賢廣ハ慶長ノ末ニ寂ス 中興開山ヲ宥盛ト云 此寺享保十年四月回祿ノ災ニ罹リテ舊記ヲ失ヒタレハ總テ詳ナラス
寺寶 不動畫像弘法大師筆 弘法大師自畫像 上ニ贊辭アレト古物ニシテ文字讀カタシ 大般若經二卷 何レモ古板ニテ奧書ニ將門末孫右兵衞平朝臣常重 建保三年乙亥十一月日ト記ス 同別本一卷 是モ古板ニシテ其奧書ニ 元德三年六月上旬以酷酒違犯錢貨刊當卷印板畢願以此功師僧父母一切衆生皆成佛道焉勸進沙門慶悅翁一校了トアリ 此餘古筆古畫多ク藏スレト眞僞詳ナラス 考證ニ益ナケレハ略ス
仁王門 中門 鐘樓 寶曆年中鑄造ノ鐘ヲカク 聖天社 辯天社 稻荷社 彌陀堂 塔中 大圓寺 本尊觀音ヲ安セリ
神社・お寺情報 関東百八地蔵・第5番札所

境内掲示板
蕨市指定文化財 (昭和六一年四月指定)
三学院梵字馬頭観音塔
 馬頭観音は、頭上に馬を戴き、憤怒の形相をした菩薩で、奈良時代に伝来したとされています。
 江戸時代になると、農耕や交通で馬を使う人々の間に信仰が広まり、馬に対する供養や無病息災の祈願をこめて、馬頭観音像が造立されるようになりました。
 この馬頭観音塔は、高さ一五六・五cm、安山岩製の石塔で、寛政一二年(一八〇〇)に造立されました。
 塔の正面に、馬頭観音像や文字を彫ったものが多くみられますが、この馬頭観音塔は、梵字で「南無馬頭観音」と真言が刻まれており、珍しく貴重なものです。
 右側面には「当所 馬持講中」とあり、蕨宿で使われる馬の安全を願って造立されたものと思われ、基礎部分には、生き生きとした馬の姿が線刻されています。
 また左側面には「足立坂東 第二拾番 三学院」とあり、三学院が足立坂東三十三箇所札所巡りの札所であることを示しています。
 平成三十年一月
   蕨市教育委員会

境内掲示板
目疾地蔵
(昭和61年9月29日指定)
 万治元年(1658)に13人の念仏講の人々により造立されたもので、高さ約1.9m、蕨市内で最も古い地蔵菩薩像です。
 この地蔵尊の目に味噌を塗って祈願すると眼病が治る、眼病にかからないと伝えられており、「目疾地蔵」または「味噌地蔵」とも呼ばれています。
 以前は三学院境内の墓地入口にありましたが、 平成13年(2001)に現在地へ移されました。

境内掲示板
六地蔵
(昭和61年4月15日指定)
 六地蔵は、人が死後に転生するといわれる六道(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上)にあって、衆生を救済する6種の地蔵菩薩の総称です。
 この六地蔵は、寛文・元禄期(1661 ~ 1704)にかけて造立されたものと推定され、六地蔵としては市内で最古のものです。
 個々の石材や総高が異なることから、1体ずつ造立した地蔵菩薩像を、後に六地蔵としたものと考えられています。
 なお、地蔵菩薩像の背面に法名とともに刻銘されている年号は、死没年号と思われます。
 以前は三学院総門前にありましたが、平成13年(2001)に現在地へ移されました。

境内掲示板
子育地蔵
(昭和38年2月6日指定)
 元禄7年(1694)、三学院第11世住職の秀鑁が中心となり造立されたもので、高さ約2.4m、蕨市内では最大の地蔵菩薩像です。
 子育て・開運にご利益があるとされる他、 この地蔵尊が僧侶に姿を変えて火事を知らせ、大火を防いだとの伝承から「火伏地蔵」とも呼ばれています。
 台座に穿たれた人為的な凹みは、 その石粉を飲むと地蔵尊の功徳を授かるとする民間信仰の名残です。
 江戸時代は中山道に面した「地蔵の小路」の入口にあり、何回か移転した後、 平成13年(2001)に現在地へ移されました。

境内掲示板
蕨市指定文化財〔令和元年十二月指定〕
中山保治頌徳碑
中山保治(一八五四~一九〇二)は江戸に生れ、明治八年(一八七五)、蕨宿第廿九番小学【現蕨市立北小学校】助教(じょきょう)となりました。同十一年(一八七八)には、第四十三番小学塚越(つかごし)学校【現蕨市立東小学校】の訓導(くんどう)となり、初代校長を務めました。
この頌徳碑(徳をほめ称える文章を刻んだ碑)は、総高二〇三cm・幅一二八cmで、明治三十六年(一九〇三)に建立されたものです。「中山先生之碑」と陽刻されている題額は、東京府知事で貴族院議員の千家尊福(せんげたかとみ)によるもので、碑文は塚越村出身で、農商務省事務官・法学士の野崎新太郎(のざきしんたろう)が撰しました。また、背面に刻まれている門人名などは、蔵宿旧二ノ本陣家当主で埼玉県属の岡田義方(おかだよしかた)の書によるものです。
石川直中墓碑
石川直中(一八三六~一八九〇)は江戸に生れ、安政五年(一八五八)から昌平坂学問所の世話心得佐を務めました。 蔵宿や下戸田(しもとだ)村で私塾を開いた後、明治三年(一八七〇)、下蕨(しもわらび)に蕨郷学校【現蕨市立北小学校】を開校し、初代校長に就任しました。
明治十五年(一八八二)、校名を顕神(けんしん)学校と改名し、現在の北小学校の地に校舎が新築されると再び校長となり、蔵地域の近代学校教育の普及に大きく貢献しました。
この墓碑は、総高一四六cm・幅八七cm、正面中央に「成蹊石川直中之墓」(成蹊は石川直中の号)、右下には「泥舟精一書印」とあり、幕臣で、「幕末の三舟(さんしゅう)」と呼ばれた高橋泥舟(たかはしていしゅう)の筆であることがわかります。また、碑文の撰と書は、顕神学校の校長を務めていた野田正輝(のだまさる)によるもので、明治二十四年(一八九一)に建立されました。
墓碑建設寄附連名碑
石川直中墓碑の建設費用の寄附者連名碑で、総高五七cm・幅一〇六cm、明治二十四年(一八九一)の建立と思われます。正面に、初代町長を務めた岡田正康(おかだまさやす) 以下八二名の氏名が刻まれています。
令和二年六月
  蕨市教育委員会

境内掲示板
蕨宿関係墓石群
 江戸時代の蕨は、中山道の宿場町としてさかえま
した。
 この墓石群は、代々本陣を勤めた「加兵衛家」と「五郎兵衛家」、脇本陣を勤めた「新蔵家」などのものです。
 正面左手前の列は、本陣「加兵衛家」、脇本陣「新蔵家」、正面の列は、本陣「五郎兵衛家」の墓石群です。
 平成14年2月
   蕨市教育委員会

境内掲示板
玄奘三蔵法師舎利殿
 孫悟空、西遊記で尊崇され、親しまれている玄奘三蔵法師は、今から千二百前中国唐の太宗の時長安の王華宮で遷化されました。その後、度々の戦乱のため、その霊骨は数回移されたので、その後長い間埋骨の場所すらまったく不明とされて居りました。ところが昭和従十七年当時南京に駐屯していた、高森部隊が整地作業の際石棺を発見しました。
 中から三百余点の宝石、文献、霊骨が現われ更に調査研究したところ、正しく三蔵法師の霊骨と副葬品であることが確認されたので高森部隊長はこれらをすべて、中国国民政府に引渡しました。
 国民政府は戦乱中ではありましたが、霊骨を最高の禮を盡してお迎えすると共に間もなく非常な苦労をして当時数百億円という巨費を投じて南京城外の玄武山上に大陸式霊骨塔を、建立したのであります。
 中国民衆がいかに三蔵法師を深く尊敬し佛心に厚いかを物語るもので私共日本人としても大いに畏敬の念を深くするものであります。
 玄武山上の霊骨塔落慶式の後国民政府は偉大なる世界の覚者、玄奘三蔵法師の霊骨の一部を日本に分贈する旨の申出が日本政府にあり日本佛教連合会の代表として、前三学院住職第三十世倉持秀峰和尚が、三藏法師の頂骨を日本国に捧持し丁重に慰霊法要を営みました。
 大砂漠や天山劔路を突破し、あらゆる困難を克服して遂に一年有余の後、天竺に入り釈尊ゆかりの佛跡を巡拝し十七年間勉学の後帰国、更に四年の歳月を要し「大般若波羅密多経」六百巻の訳経に成功する等偉大なる世界の覚者玄奘三蔵法師の霊骨は先師の遺訓を守り、金亀舎利塔内の水晶の壺の中に安置佛舎利殿に奉安され奉仕の遺徳の顕彰に努めることになりました。
 佛縁により、玄奘三蔵法師の霊骨は遠く台湾の景勝の地、台中日月潭玄奘寺に三学院住職三十世倉持秀峰和上の分骨と共に奉安されています。
 当山佛舎利殿金亀舎利塔内に奉安されている玄奘三蔵法師の霊骨の真下に篤信者のかたの納骨(含分骨)が受け入れられる設備が整っております。

境内碑
新修三學院殿堂記
当院ハ享保年間祝融ニ罹リ目下ノ殿堂ハ假築タリ爾後破壊アリト雖徳川氏既ニ賜フニ二十石ノ朱印地ヲ以テセリ以テ内外ノ費ヲ支辨スルニ足ル維新ノ後其寺封ヲ收メラレ法會ヲ修ルニ由ナシ況ンヤ其他ヲヤ因テ明治十年檀越ノ有志者金千圓ヲ募集シ以テ田圃ヲ購求シ之ヲ付シ齋會ノ資ニ供セリ然レトモ法堂ハ大ニ壊漏シ牀上水潦ヲ見ルニ至レリ余之ヲ傍觀スルニ忍ヒス院主福泉宥法君ト偕ニ檀越ノ諸君ニ其修理ヲ謀リシニ皆之ヲ贊シメ其費金ヲ出ス合セテ千五百餘圓ノ多キニ至レリ是ニ於テ修理ヲ命セシニ數十日ニシメ功ヲ竣ヘ大ニ舊觀ニ加ヘリ嗚呼此レ檀越諸君ノ賜ナラスヤ院主ト余トノ喜知ルヘキ也其出金ノ姓名ト金額トハ帳簿ニ登録シメ以テ當院ニ藏ス
 明治十三年庚辰十月
    岡田正徳撰文
    安藤龍淵題額
例祭日
神紋・寺紋 未登録
更新情報 【 最終 更新者】thonglor17
【 最終 更新日時】2024/09/29 07:56:37
 
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