奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2 中宮寺の写真1
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2 中宮寺の写真2
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2 中宮寺の写真3
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2 中宮寺の写真4
 3.9

中宮寺  (ちゅうぐうじ)


奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2

みんなの御朱印

(よちさん)
4 御朱印日:2026年4月16日 08:23
(TENPOINTさん)
55 御朱印日:2026年4月16日 00:00
神仏霊場奈良第十四番札所
(はまちゃんさん)
10 御朱印日:2026年2月19日 00:00
(まささん)
15 御朱印日:2025年12月29日 17:54
(にゃんこさん)
15 御朱印日:2025年11月17日 00:00
(伊平太さん)
33 御朱印日:2025年11月4日 00:00
(のん姉さん)
15 御朱印日:2025年9月24日 00:00
(トップガンさん)
27 御朱印日:2025年8月6日 00:00
(いけさん)
22 御朱印日:2025年5月5日 13:38
(ななめコロッケさん)
28 御朱印日:2025年2月1日 00:00

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みんなの参拝記録

(布袋大国さん)
おすすめ度: ★★★★
3 194 参拝日:2018年7月30日 00:00
拝観料600円
(たこやきさん)
おすすめ度: ★★★★
2 56 参拝日:2025年2月1日 00:00
法隆寺夢殿を左に行くと入り口が有ります。 御朱印も拝観入り口で預けてお参りすると帰りにいただけます。
(銀玉鉄砲さん)
おすすめ度: ★★★★
2 211 参拝日:2019年12月29日 10:31
(もそもそ🤗さん)
おすすめ度: ★★★
1 50 参拝日:2021年3月29日 00:00
中宮寺は聖徳太子の御母穴穂部間人皇后の御願によって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された寺であります。その旧地は、現中宮寺の東方三丁の所に土壇として残っておりましたのを、発掘調査しましたところ、南に塔、北に金堂を配した四天王寺式配置伽藍であったことが確認され、それは丁度法隆寺旧地若草伽藍が四天王式であるのに応ずるものといえましょう。而もその出土古瓦から、法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として初めから計画されたものと思われます。国宝菩薩半跏像(寺伝如意輪観音)はその金堂の本尊であり、天寿国曼荼羅は、その講堂本尊薬師如来像の背面に奉安されたものと伝えております。  その後、平安時代には寺運衰退して、僅かに草堂一宇を残して本尊様のみ居ますといった状態でありましたのを、鎌倉時代に入って信如比丘尼の尽力により、天寿国曼荼羅を法隆寺法蔵内に発見して中宮寺に取り戻すなど、いくらか復興を見たものの、往時の盛大には比すべくもありませんでした。室町時代のことは殆ど判りません。  ところが、戦国時代に入って火災に会い、法隆寺東院の山内子院に避難し、そのまま住み着いていたところ、後伏見天皇八世の皇孫尊智女王(慶長七年薨)が御住職遊ばされ、以来尼門跡として、次第に寺観を整えたのが今の中宮寺であります。  宗派は戦後、法隆寺を総本山とする聖徳宗に合流することになりましたが、依然大和三門跡尼寺の随一としてその伝統を伝えております。  創建の飛鳥時代このかた千三百年の長きに亘り、尼寺の法燈を続けておるのは日本広しと言えども実に中宮寺だけであります。
(おおきっちゃんさん)
おすすめ度: ★★★★★
1 204 参拝日:2018年7月30日 00:00
(とまさんさん)
おすすめ度:
1 2 参拝日:2018年2月6日 00:00
(ジージさん)
おすすめ度:
0 0 参拝日:2026年3月27日 11:00
神仏霊場奈良第十四番札所
(はまちゃんさん)
おすすめ度:
0 7 参拝日:2026年2月19日 00:00
(まささん)
おすすめ度:
0 0 参拝日:2025年12月29日 17:54
(百式さん)
おすすめ度: ★★★★★
0 0 参拝日:2025年11月25日 10:30

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基本情報


※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北1-1-2
五畿八道
令制国
畿内 大和
アクセス JR大和路線法隆寺 徒歩18分
御朱印授与時間 9時〜16時15分(季節により変更有り)
電話番号 0745752106
FAX番号 0745742956
公式サイトURL www.chuguji.jp/
御本尊 (伝)如意輪観音
宗派 聖徳宗
創建・建立 7世紀前半 or 推古天皇十五年(607)
由来 [ 中宮寺の沿革 ]

中宮寺は聖徳太子の母穴穂部間人皇后の御願によって、太子の宮居斑鳩宮を中央にして、西の法隆寺と対照的な位置に創建された寺である。
その旧寺地は、東方三丁ほどのところにあったとされ、発掘調査の結果、南に塔、北に金堂を配した四天王寺式伽藍配置であったことが確認された。また、その出土古瓦から、法隆寺は僧寺、中宮寺は尼寺として初めから計画されたものと思われる。国宝菩薩半跏像(伝 如意輪観音)はその金堂の本尊であり、天寿国曼荼羅は
その講堂本尊薬師如来像の背面に奉安されたものと伝えられている。

平安時代には寺運衰退し、僅かに草堂一宇を残して本尊のみといった状態であったが、鎌倉時代に入って信如比丘尼の尽力により、天寿国曼荼羅を法隆寺宝蔵内に発見して中宮寺に取り戻すなど、復興は見たものの、往時の盛大さには比べようもなかった。

戦国時代に入って火災にあい、法隆寺東院の山内子院に避難し、旧地への再建ならず、その状態が続いていたが、後伏見天皇八世の皇孫尊智女王を住職に迎え、以来尼門跡として、次第に寺観を整えたのが今の中宮寺である。

宗派は戦後、法隆寺を総本山とする聖徳宗に合流しましたが、大和三門跡尼寺の随一として、
その伝統を伝えている。

ー 「中宮寺拝観のしおり」より抜粋 ー
神社・お寺情報 ● 文化財(寺宝)
・木造菩薩半跏像(国宝)
・天寿国繡帳残闕(国宝)
・紙製文珠菩薩立像(重文)
・紙本墨書瑜伽師地論(重文)
その他
例祭日
神紋・寺紋
更新情報 【 最終 更新者】よっしぃ
【 最終 更新日時】2022/04/16 14:49:49
 
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