2.8
氷川神社
(ひかわじんじゃ)
埼玉県上尾市原市1520
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みんなの参拝記録
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(ブッチャーさん)
おすすめ度:
★★
0
10
参拝日:2023年10月25日 00:00
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(生臭坊主さん)
おすすめ度:
0
38
参拝日:2021年9月23日 14:27
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(shikigami_hさん)
おすすめ度:
★★★
0
33
参拝日:2021年5月3日 14:49
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(Na-kiさん)
おすすめ度:
★★★
0
41
参拝日:2021年3月30日 00:00
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(ムンクさん)
おすすめ度:
★★★
0
47
参拝日:2021年2月27日 10:48
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(ぶーさん)
おすすめ度:
0
42
参拝日:2020年10月25日 00:00
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(thonglor17さん)
おすすめ度:
★★★
0
100
参拝日:2020年3月15日 07:00
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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 |
埼玉県上尾市原市1520 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
埼玉新都市交通伊奈線沼南 徒歩5分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
048-771-0744 氷川神社 |
FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御祭神 |
素盞嗚尊 |
創建・建立 |
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旧社格 |
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由来 |
境内掲示板
氷川神社 御由緒
上尾市原市一五二〇
御縁起(歴史)
近世における市場集落の面影を残す原市には、上町・中町・下町・上新町・下新町の五つの町内がある。当社は、その内の上町・中町・上新町の三町内の守り神として祀られれきた神社である。その境内はかつて道の両側に市の立った原市の本通りのすぐ脇にあり、現在は樹木はほとんどないが、昭和五十年代の中ごろまでは参道の敷石を挟むように木々が茂っていた。
当社の創建についての経緯は不明であるが、『風土記稿』原市村の項に「氷川社 本地仏正観音の像を安ず、勧請の年代詳ならず、寛保二年(一七四二)に再興ありと云」と載るところから、少なくとも江戸中期までにはこの地に勧請されていたことがうかがわれる。本殿は古風な趣を持った一間社流造りで、正面の御扉のほかに、左右の側面にも扉の付いた珍しい構造を特徴としている。寛保二年の再興後、再建や大きな修復についての記録はないため、現存する社殿は、恐らくその際に建設されたものと思われる。
内陣には、『風土記稿』の記事にある正観音像と地蔵菩薩立像・秋葉大権現立像・天満天神座像の四体が筥に納められ安置されている。当社は、江戸時代には境内の東に隣接する長久寺の持ちであり、神仏分離後も、無格社であったことが幸いして強い統制が及ばなかったため、本地仏がそのまま残され、祀られ続けてきたのだろう。
御祭神と御神徳
・素盞嗚尊・・・武運長久、厄除け、商売繁盛
御祭日
・初参り(一月一日)・例祭(四月四日)
埼玉県神社庁北足立支部
氷川神社
一、所在 上尾市大字原市一五二〇番地
一、祭神~ご本殿にお祭りしている祭神
素戔嗚尊 疫病退治の神 牛頭天王ともいわれる農業の神
境内神社~摂社といい もともとは別に社があったが現在全ての神社は一社に合祀
されている
一、秋葉社 火難・水難・剣難の守護神
祭神 火産靈神(火之迦具土命) 火の神
河菜姫命 水の神
一、天神社 受験・学問の守護神
祭神 天神
菅原道真公
一、厳島社 市の神 富貴をもたらす神
祭神 市杵島姫命
一、八幡社 武神・軍神
祭神 誉陀和気命
祭典
例祭 四月四日
夏祭 七月十四日
原市氷川神社 縁起
長久寺住職 清水実雄氏談
当氷川神社の創建は、とても古く、崇神天皇の時代(紀元前五十年頃)まで遡ると考えられます。これは武笠家(三室氷川女体社宮司家)に伝えられる武笠文書の記述等からも類推されます。
当時の日本は疫病が大流行して日本中が大混乱していたそうです。大宮氷川神社の奥社として創建された当社も、こうした疫病調伏祈願の神社として建てられたと思われます。当時、疫病の流行は蛇神様のたたりと恐れられていました。伊奈の丸山に祭られた”おど神社”(雄蛇を祭っている)そして原市に祭られた”めど神社”(雌蛇を祭っている)など、なにか関係がありそうな気がいたします。見沼も現在は田んぼですが、昔は沼であり原市辺りまで入り込んでいたようです。古文献には御沼とも巳沼とも書かれており、ここでも蛇の祟りすなわち疫病を恐れていた古代の人々の信仰が伺えます。見沼の周辺にはたくさんの神社、寺院がありますが、崇神天皇の時代に創建されたとする神社がいくつか見受けられます。これらの神社もあわせて疫病調伏祈願をおこなっていたのではないでしょうか。
創建当初、牛頭天皇を祭神とし、天王社として親しまれていましたが、明治維新政府の神仏分離令によりスサノオノミコトを祭神とする氷川神社に変更されたようです。尚、牛頭天王とスサノオノミコトは同身異名の神様であるといわれています。
一般的に神主が司祭する場合にはスサノオノミコト、僧侶が司祭する場合には牛頭天王としていますから明治維新前は背後の長久寺がこれを祀っていたものと推察できます。
ちなみに長久寺の山号は天王山、寺格は別当寺という記述が”新編武蔵風土記”にみられます。
氷川神社宮司 今井悦夫
氷川神社総代一同
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神社・お寺情報 |
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例祭日 |
例祭(四月四日) |
神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2020/03/15 18:49:14
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