追分神社 参拝記録 (天地悠久さん)

追分神社の参拝記録(天地悠久さん)
江戸時代後期に登彌神社(石木町)と十六所神社(中町、未参拝)から勧請してきたとされる社。かつては平城京と難波を結ぶ官道として利用され、また江戸時代には参勤交代や伊勢詣りのルートして大いに賑わった街道。現在は国道308号線として細々と利用されています。 100mほど東に「村井家住宅」というのがあり、ここがいわゆる「追分(分岐点)」。そこの案内から察するに、北の奈良市側にあった村と南の大和郡山市側にあった村との境であるのかと(現在の市境はここではありません)。そして奈良市中町の十六所神社と、奈良市石木町(奈良市の最南端)からそれぞれ分霊されたかと思います。

おすすめ度:
参拝日:2019年1月19日 00:00

コメント一覧

*

通報

※「迷惑情報」を発見された方は、通報するを押してください。

神社・お寺検索

初めてご利用の方は、使い方をお読みください。
*は必須です
 
 
*
*

 
 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら
※「記録を色分け」を選ぶと、参拝や御朱印の記録が地図上で色分け表示されます。(検索に時間がかかります。ログインが必要です。)