飛鳥神社 (京終天神社) 参拝記録 (天地悠久さん)
(年末のSDカード紛失により写真消失、写真は自身ブログよりダウンロード)
通称「京終天神社」。昭和二十八年の登記時添付の由緒書には、「養老二年(718年)大和國高市郡飛鳥村の飛鳥神社の御祭神を平城の新都左京四條七坊飛鳥の丘に、南都元興寺の鎮守社として奉遷、鎮祭したことをもって本飛鳥神社の創建となっている」と。ところが同様に飛鳥から奉遷鎮祭した、元興寺町の白山神社、西新屋町の率川神社には「元興寺由来」などいくつかの書にその旨が記されるも、当社に関しては記されたものは無し。またその由緒書には、文政九年(1826年)に菅原道眞公が勧請されたとしているものの、既に寛永十七年(1640年)の古書などには「京終天神社」とあります。また「左京四條七坊飛鳥の丘」から現社地への遷座の理由や時期は明記されていません。現かつてはは「紅梅殿神社」とも。
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