産霊七社神社(産靈七社神社) 参拝記録 (天地悠久さん)
「熊野郡誌」には、市場の氏神であった産霊神社と七社神社とが明治末に合祀されたと。七社神社は、孝徳天皇 大化元年に新羅国が来襲、表米親王(ウワヨネシンノウ)が與謝郡「白糸浜」に七社の幣帛を祀ったとされます。表米親王は新羅軍を迎撃、さらに追撃したところ嵐に遭うが鮑が救ったという伝承が。その後、当地に遷座させたものと。この事件は「新羅の入寇」と呼ばれるもの。そして鮑云々の伝承は但馬国朝来郡に鎮座する赤淵神社によるもの。そして日下部氏の始祖とされ、境内には住居跡も。この日下部氏を巡っては、第35代孝徳天皇の皇子 表米親王に始まる日下部宿禰の後裔とする説と、第9代開化天皇の孫(日子坐王の御子)である狭穂彦王に始まる日下部君の後裔とする説があります。当地ではもちろん表米親王の後裔。與謝郡「白糸浜」については、東舞鶴の白糸浜神社でしょうか。
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