多坐弥志理都比古神社(多神社) 参拝記録 (天地悠久さん)
ご本殿は四座が横一列、真ん中の二座が神名帳の二座で両脇は相殿的な扱い、さらにプラス太安万侶という構成。
神名帳の二座はカムヤイミミ神とカムヌナカワミミ神とされていますが、二柱が文献や古資料に登場するのは明治以降。日神(太陽神)が祀られていた、またはそれに準ずる農耕神が祀られていたと考えるのが順当でしょうか。
地理的には大和盆地のほぼど真ん中、春秋分の日には朝日は三輪山から夕日は二上山へ、しかも畝傍山の真北。いわゆる「太陽の道(レイライン)」上にあります。「日祀り」が行われていたのは間違いなく、ご本殿裏の方に神武塚と呼ばれるもの、これがその神籬(ひもろぎ)跡ではないでしょうか。周辺からは縄文、弥生、古墳時代にかけての特に祭祀用のものが多く出土しています。
ご祭神は天照大神(または天照御魂神)と天忍穂耳神の母子神ではないかとする説が有力です。
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