みんなの御朱印
自分の御朱印
まだ御朱印が登録されていません
みんなの参拝記録
自分の参拝記録
まだ参拝記録が登録されていません
みんなの動画
自分の動画
まだ動画が登録されていません
基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
埼玉県狭山市堀兼1228 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
西武新宿線新狭山 徒歩24分 |
| 御朱印授与時間 |
|
| 電話番号 |
0429586760 |
| FAX番号 |
|
| 公式サイトURL |
|
| 御本尊 |
|
| 宗派 |
真言宗豊山派 |
| 創建・建立 |
|
| 由来 |
境内碑
光英寺本堂客殿建立の由来
そもそも光英寺は遠く天授年間(一三七五~八二)新田義貞の家臣横山九兵衛此地に土着し、堂宇を建立せるを草創とする処、甫め慈雲庵と号し醍醐三宝院の支配修験道場なり。
九兵衛二十代の後裔(子孫)浄心法印の代堀兼山山王院光英寺と公弥し、江戸護持院直末より更に後護国寺末となり、格院に列し大いに盛隆を極めたり。亦命に依り同村山王宮別当職になる。次に正徳二年(一七一二)栄俊法印代寺禄四町歩を開き、別に観音免一丁二反歩を定め、本堂山門等を再建して中興一世となる。
天保十三年(一八四二)十一月祝融(火事のこと)にかかり一山惣て烏有に帰せしが、(此間数度の祝融に遇ひたるも)明治三十一年檀信徒本堂を再建す。旧堀兼村の祈願寺として尊信篤し。昭和十五年大和国長谷寺に加末す。
右本堂は民家の廃絶せるを購入し、そのまま建立せるものにして、幾度かの修理をして参りましたが老朽化が激しく修復は非常に困難な状態になりました。平成九年度末より総代会等で建立の御要望が強まり慎重に協議を重ねて参りました結果、十年十一月正式に建設委員会が発足し再度の近隣寺院の視察等を行い檀信徒各位のご賛同とご理解を賜り、本堂客殿の穿設を推進する事となり、世紀に一度の大事業はお陰様で、立派な本堂と客殿の完成に至りました。
平成十三年十一月三日落慶を迎えられました事は、誠に目出度く御本尊様の御加護に依り歴代尊師、御先祖様の報恩として深く感謝しここに記念碑を建立いたしました。
平成十三年十一月三日
光英寺本堂客殿建設委員長 市川俊一
光英寺第二十一世住職 柳澤弘道
新編武藏風土記稿
入間郡堀金村
光英寺 眞言宗新義 江戶大塚護持院ノ末ナリ 堀金山山王院ト號ス 正德二年榮俊法印ト云シ人起立スル處ナリト云 |
| 神社・お寺情報 |
|
| 例祭日 |
|
| 神紋・寺紋 |
未登録
|
| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2026/01/25 08:02:15
|
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々は
こちらよりお気軽にご相談ください。
近くの神社・お寺
近くのお城
神社・お寺検索
※は必須です
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録は
こちら。