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基本情報
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| 住所 |
埼玉県狭山市青柳911-1 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
西武新宿線南大塚 徒歩16分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
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| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
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| 創建・建立 |
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| 由来 |
境内碑
釋迦堂由来碑
釋迦堂に安置さるる石仏の利白和尚事、生国は攝州にして祖父は関白秀次公につかえし槍の名人富田蔵人高定であり、父は富田主計にして、利白和尚幼名は万吉、一を聞いて十を知る程利発なりしという、故ありて攝州中嶋の養源寺、智源和尚の弟子となり智圓と稱す、長じて諸国行脚の末利越喜多院に足を止むること十一年、訳ありて喜多院を離れ、在院当時縁ありし青柳の長三郎と言える者を頼りてこの地に来り、庵を修理しこれに入りて朝夕経念仏を友とし、遠近の子供達を集めて手習いさせて居り、ただ往生のみを待たれりという。入寂の近きを知り、「我は近き内に往生を遂ぐるなり、我なき印は、釈迦牟尼佛を取り付け、我が名を印し給え」と遺言し、笑みを含み入寂し給う。時に延宝六年十一月二十二日巳の中刻にして行年六十七才なり。現存する石仏もその遺言により建立されしものにして、諸願成就の霊験あらたかなるも、特に乳不足の人の信仰で知られるは、安永五年のこと、当地安右エ門の養母が産後の娘に世を去られ、遺りし孫を助け給えやと祈る切なる願いが通じてか、六十余才のこの老婆の乳房より流るる如く乳出でて、何の憂もなく育てられ恙無く成人に至れりとの古事によるものであろう。因みに 現今年年四月八日、青柳の信徒に配られるお札に「いつ心にあゆみをはこべしゃかによらいおもふねがひのかなふ井の水」と記されている。最初の釋迦堂は四間四方にして安永中期の建立なるも、明治十五年東陽寺が火災にあいし為、庫裡の一部として移築されしという。先般取り除かれし二間四方の御堂は建立年代不詳なるも、永年風雪に堪えて老朽を迎えるに至り、利白和尚の遺徳を偲ぶ信徒一同の浄行が今般新築の実を結ぶに至った次第である。
昭和五十九年四月八日
青柳釋迦堂建設委員会建之 |
| 神社・お寺情報 |
水盤 安永五丙申十月(1776) |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2026/01/25 08:02:41
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