みんなの御朱印
自分の御朱印
まだ御朱印が登録されていません
みんなの参拝記録
自分の参拝記録
まだ参拝記録が登録されていません
みんなの動画
自分の動画
まだ動画が登録されていません
基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
埼玉県羽生市上羽生1-1 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
東武伊勢崎線羽生 徒歩19分 |
| 御朱印授与時間 |
|
| 電話番号 |
048-561-3543 |
| FAX番号 |
|
| 公式サイトURL |
|
| 御祭神 |
狭依毘賣命 迦具土命 |
| 創建・建立 |
|
| 旧社格 |
|
| 由来 |
境内掲示板
毘沙門堂由緒縁起の略記
一、毘沙門墳(びしゃもんづか)
前方後円の古墳でその一部は民間の用地として切り崩され、また後方の一部には古墳特有の周溝が形跡を遺していたが、近年埋没してしまった。この古墳は定説によると一千年以上の歳月を経ているといわれている。
一、毘沙門堂
建長八年(一二五六)北條時頼の創建によるが、天文、永禄年間数度の兵災で焼失し、元亀二年(一五七一)羽生城主木戸伊豆守忠朝により再建され、天正十八年(一五九〇)再び兵禍に罹り焼失、その後文禄三年(一五九四)羽生城主大久保相模守忠隣により建立され、羽生、上羽生両村の鎮守として崇敬されてきた。
その後星霜を経て頽廃したため宝永三年二月(一七〇六)両村の有志により新築された。
この毘沙門堂は茅葺破風造りだったが、大正七年(一九一八)瓦葺入母屋造りに改造彩色を施したもの。その後昭和三十年(一九五五)に境内の整備を行ない、昭和五十一年三月(一九七六)には羽生市名誉市民金子専一氏ならびにその長男金子愛次郎氏の寄進により社務所の建設がなされ、それに併せて境内の整備が行なわれた。
例祭 九月三日
一、古江神社宮田神社合殿
上羽生地区の総鎮守で祭神は狭依毘賣命(さよりひめのみこと)(古江神社)と迦具土命(かぐつちのみこと)(宮田神社)
例祭 九月三日
一、浅間神社
萬邦の霊山、富士山を主宰鎮座する浅間大神の分体で祭神は木花咲夜姫命(このはなさくやひめのみこと)、安産子育織物養蚕の守護神とされている。
例祭 六月三十日、七月一日 初山祭
一、秋葉神社
火伏(防火)の神として広く尊崇されている。
例祭 十一月十八日
一、参明藤開山
祭神は天御中主命、神皇産霊命、高皇産霊命の三柱で元の父母として大我即ち宇宙の本源神天地創元の神といわれる。
一、青石塔婆
建長八年二月二十七日(一二五六)に建立された板碑で日本最大のものといわれ、昭和三十九年九月九日(一九六四)羽生市考古資料として指定されている。
高さ二・三五メートル 巾一・八〇メートル 厚さ〇・一五メートルで一基に二佛(右釈迦、左阿弥陀)を横に配したものである。
一、森玉岡翁墓碣銘
幕末の漢学者で烏山老候(栃木県那須郡烏山町)に愛されていた儒者であり書家であり画家でもあった、官を辞してから当毘沙門堂を塾舎に庶民の教育に専念し門下からは多数の人材を輩出している。
毘沙門堂は教育の殿堂でもあり翁の住居でもあった。碑は翁の歿後、関係者がその徳を景仰すべく建立した思慕碑であり、昭和三十九年九月九日(一九六四)に羽生市史跡として指定されている。
一、境内地と本堂
境内地総面積/七六二・五坪(ニ三一〇平方メートル)
本 堂/一六・五坪(五十平方メートル)
社務所/二二・五坪(六八平方メートル)
昭和五十一年三月吉日 建之
|
| 神社・お寺情報 |
|
| 例祭日 |
例祭 九月三日 |
| 神紋・寺紋 |
未登録
|
| 更新情報 |
【
最終
更新者】zx14r
【
最終
更新日時】2026/03/29 10:39:22
|
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々は
こちらよりお気軽にご相談ください。
近くの神社・お寺
近くのお城
神社・お寺検索
※は必須です
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録は
こちら。