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★★★★ 参拝日:2026年3月21日 09:06
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基本情報
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| 住所 | 埼玉県越谷市北越谷4-8-5 |
| 五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス | 東武伊勢崎線北越谷 徒歩4分 |
| 御朱印授与時間 | |
| 電話番号 | 0489744661 |
| FAX番号 | |
| 公式サイトURL | https://jyokoji-kitakoshigaya.jp/ |
| 御本尊 | |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 創建・建立 | |
| 由来 | |
| 神社・お寺情報 | 武蔵国新四国八十八ヶ所霊場30番
新編武藏風土記稿 埼玉郡大房村 淨光寺 新義眞言宗 末田村金剛院末 熊野山觀音院ト號ス 本尊十一面觀音ヲ安セリ 鐘樓 寶曆六年鑄造ノ鐘ヲカク 鐘樓 寶曆六年鑄造ノ鐘ヲカク 藥師堂 相傳ヘテ大同二年飛騨工カ一夜ニ建立セシト云 サハアレ一夜ニ建シナト妄誕論ヲマタス 古ヨリノ像ハ先年賊ノタメニ失ヒシカハ 今ノ像ヲ安セリ 此藥師ヲ押入ノ藥師ト唱フ 其義ハ知ラス 慶安二年五石ノ御朱印ヲ賜ヘリ 淨光寺持 五知堂 境内掲示板 浄光寺薬師如来の由来 此の薬師様は其の昔、この地方に難病が多く村人達を救うため薬師様を迎えられ今でも五月八日には花祭りを行い、特に眼病の仏様として親しまれ参詣の中心となって居りります。当時の薬師堂は大同元年(八〇六)に創建され大変朽ちておりました。そこへ飛騨の宮大工左甚五郎が日光東照宮修理工事のため道行く途中、夕立に会い雨乞いに立ち寄りあまりにも朽ち果てたお堂を見かねて一時の恩義として一夜にして建立し、其の足で急ぎ日光に向ったと云う伝説が残っております。慶安二年(一六四九)徳川幕府より薬師堂領五石を承り徳川初代~十五代までの御朱印を受けた由緒あるお堂でした。其のお堂は宮内庁御猟場の隣り(現在北越谷五丁目)に有り薬師様をお奉りして有りましたがお堂の老朽が進み保存と管理の都合で平成二年九月五日に当寺本堂内へ仮遷座しておりましたが、平成七年六月八日、新御堂に安置され今日に至っております。 薬師如来 京五條大仏師 田村式部 法橋作 寛文二拾子寅三月吉日 仏像の低に記録有り (寛文二壬寅か?) 越谷随一の大仏像 高さ二米五十五(台座含む) 五智如来の由来 薬師堂と同じ堂地内の小高い所に安置され、五つの智恵の霊験あらたかな仏様として昔から今日に至るまで庶民の信仰の的となり信仰祈願なさる方々が遠方からも参詣になられます。平成二年九月五日薬師如来と共に当時に移され大日如来を中心に横一列に元通りに並んで居ります。青銅による大仏像は例が少く指定文化財となって居ります。 釋迦如来 全宇宙を悟りの道に入らしめ給ふ 阿弥陀如来 無量寿無量光を以て衆生を浄土極楽に導き給ふ 大日如来 全人類をあまねく照らし給ふ 薬師如来 薬瓶を手にして病に応じて薬を与へ給ふ 阿閦如来 堅固不動の誓願を以って衆生済度を給ふ 淨光寺 境内掲示板 越谷市指定有形文化財 彫刻 銅像 五智如来立像 五軀 昭和六十一年二月二十六日 指定 大日・薬師・阿弥陀・阿閦・釈迦は、五智如来と称され五つの智を授ける仏として、江戸時代庶民信仰の的となった。浄光寺境内にある五智如来立像は、享保三年(一七一八)から、同五年(一七二〇)にかけて奉納された青銅による五体の立像で、製造者は江戸の鋳物師太田駿河守正儀。この五智如来は最近まで、新暦五月八日が縁日でこの日、眼病や安産祈願に信者が群衆したという。なお、青銅によるこの種の仏像は、越谷にその例が少なく貴重な鋳像物といえる。 平成八年 越谷市教育委員会 浄光寺 |
| 例祭日 | |
| 神紋・寺紋 |
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| 更新情報 | 【
最終
更新者】thonglor17 【 最終 更新日時】2026/03/21 18:14:25 |





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