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★★★★★ 参拝日:2022年1月28日 09:58
★★★★ 参拝日:2021年10月11日 13:05
参拝日:2021年2月13日 13:00
参拝日:2020年1月23日 11:00
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住所 | 埼玉県熊谷市三ケ尻3712 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス | 秩父本線明戸 徒歩17分 |
御朱印授与時間 | |
電話番号 | 0485323432 |
FAX番号 | 0485323781 |
公式サイトURL | https://yakuyoke-kaiun.jp/ |
御本尊 | 厄除け金色大師、開運金色大師 |
宗派 | 真言宗豊山派 |
創建・建立 | 約1200年前 |
由来 | 埼玉厄除け開運大師・龍泉寺の始まりは今から約1200年前の平安時代。
弘法大師が当寺を訪れたことから、 古来「厄除け金色大師様」「開運金色大師様」の 二体のお大師様を本尊として祀っています。 当寺の秘仏本尊「厄除け金色大師」「開運金色大師」は、金色(こんじき)という名の通り、黄金に輝く特別なお大師様で、厄除け・ 開運・方位除けのご利益は関東随一とされており、年間を通して日本全国から多くの参拝者が訪れます。 この特別な厄除けと開運のお大師様を日本で唯一同時に祀ることから、当寺は「厄除け開運本山」として有名です。 また、厄除けと開運の両方のご利益を同時にいただくことが出来るのも、当寺だけです。 当寺には、「千手観音菩薩」、「不動明王」、「平成安全大観音」、「釈迦如来」「水子地蔵」「ぼけ封じ観音」「びんずる尊者」など多くの仏様が祀られているため、様々な願いごとに強い神聖な寺として崇められています。 境内掲示板 龍泉寺は、真言宗豊山派に属し、本山は奈良県桜井市初瀬の長谷寺(西国観音札所八番)である。 龍泉寺の本尊は不動明王で、観音堂には千手観世音菩薩を祀り、忍札所二十九番になっている。また、近年創設された、関東ぼけ封じ観音の二十九番でもある。当寺の開基は、小此木紀伊守、開山は心海法印で草創は約五百余年前である。幡羅郡新四国八十八ヶ所の三十八番の霊場であり、また近年創設された関東八十八ヵ所霊場の八十三番でもある。境内は、約五千平方メートル、本堂は昭和九年に改築、観音堂は延享四年(一七四七)、仁王門は天保三年(一八三二)、山門は天保四年、鐘楼は明治初年、水屋は明治十四年の建立である。 天保二年、幕末の志士渡辺華山は主君三宅藩の旧領地である当地三ヶ尻を調査のため訪れ、龍泉寺に逗留し三ヶ尻領を実地に調査し訪瓶録三巻を著した。また、仁王門の松図格天井絵、双雁図(共に県指定文化財)を寄進している。 観音様の大縁日は一月の第三日曜日、当日は善男善女の参拝で、終日境内を埋めて賑わう。なお、子歳生まれの人の守り本尊である。 また、当寺の裏にある山を狭山(通称観音山)といい、海抜八十二メートル、周囲約八百五十メートルある。 新編武藏風土記稿 幡羅郡三ヶ尻村 龍泉寺 新義眞言宗榛澤郡針ヶ谷村弘光寺末少間山觀音院ト號ス開山心海寂年ヲ失フ本尊不動ヲ安ス 觀音堂 狹山ノ中腹ニアリ本尊千手觀音ヲ置ク 阿彌陀堂 毘沙門堂 太子堂 稻荷社 鐘樓 元祿九年十一月鑄造ノ鐘ヲ掛リ |
神社・お寺情報 | 関東八十八箇所・第83番札所
ぼけ封じ関東三十三観音・第29番札所 武州路十二支・第1番札所(子) 境内碑 庫裡檀信徒会館建築碑 題額 真言宗豊山派管長大僧正 鳥居敬猊下 拝仏崇祖 四恩報賛は 至高の人倫にして当山檀信徒の倫理なり 然ればこの度庫裡檀信徒会館建築の議彷彿として興るや 檀信徒赤誠を一つにしてよくこの聖業を成就せり 茲にその概要を記し、後世に伝えん 華山先生由緒の庫裡書院は幕末に焼失し 明治二年花園村黒田宮台の民屋を譲受せし庫裡は 星霜百有余年よく当山を支え 輝しき歴史を刻せり しかし近年老朽頓に激しく境内の美観を傷うこと甚し 檀信徒深く之を憂い庫裡改築 併せて時代の要請に応え檀信徒会館新築の議を興し 昭和五十年二月九日その議を決す 以来檀中一同東奔西走これが完工のため全力を集中して資金を請うや浄財帳に満ち 工事一切を地元業者に依頼し 十月十一日やぶし 十一月三十日上棟 翌昭和五十一年六月三十日その工全く成る 信心檀越の戮力協心と地元業者の滅私尽力が一体となって結実した成果也 これすべて本尊不動明王及び千手観世音菩薩の仏力の加護によるものなり 総工費四千参百余万円也 茲にその落慶の盛典を挙ぐ 時に秋香満山を包む清節なり 冀は当山の隆盛無限 伽藍安穏 息災延命 興隆仏法 信心各位の家内安全 家運隆昌 世界平和 万民豊楽 昭和五十一丙辰年十月十七日 少間山観音院龍泉寺現住 隆吽選文併書 境内碑 龍泉寺本堂改修記念碑 平成十五年は新義真言宗の教学の大成者頼瑜僧正の七百年の御遠忌であり、真言宗豊山派の派祖専誉僧正の四百年の御遠忌に当ります。顧みれば龍泉寺は昭和八年に大改修をしてより七十年を経て各所にいたみを生じ、この度瓦屋根の葺き替え、天井板、床の張り替え、位牌堂の土台修理、表建具のサッシ新調等を計画した。 時に現時点社会情勢不況の折ではあったが檀家各位の拝仏宗祖の念厚く、この工事に賛同し資金の調達に御協力を得て、エ事を寄居町牟礼の権田工務店に依頼し、平成十四年六月着工、以来各職人誠意熱意を以って尽力し九月無事見事に完成し、旧に倍する美観を得た。 檀徒の祖先崇拝と寺護持の念により、関係各位の誠意に感謝し記念碑を造立した。 南無大師遍照金剛 南無賴瑜僧正 南無専誉僧正 平成十四年九月吉日 龍泉寺第十七世住職 少僧正 小久保隆博 龍泉寺名誉住職 大僧正 小久保隆吽 境内碑 熊谷市三尻簡易水道之碑 原始的なつるべによって十数戸に一つの深井戸から手桶に汲み上げ遠い我が家まで運ぶ貴重な飲料水たださえ過重な労働にやつれた農家の主婦の姿はおよそ文明から取り殘されら痛ましい毎日であった農繁期ともなればその負担はいたいけな学童の肩に轉嫁されることもまれではなかった 祖母から母へ母から嫁へと何百年にわたる水の苦難を克服しようと昭和三十二年春櫻花のほころびんとするとき簡易水道建設の聲が澎湃としておこり市議会においてもその必要を承認工事施行が決定され尓来周到な調査設計を経て水煙を画聖渡邉華山ゆかりの地松籟さやかな少間山麓に求め市當局ならびに地元全区民の密接な協力のもと力強い建設の歩が進められ六ヶ月余にわたる難工事を克服して見事にその竣工をみたのである 三尻簡易水道の完成はまさに地區民の悲願を成就する世紀の大事業であり生活改善の黎明であった時あたかも昭和三十三年六月史上まれな大渇水をよそに清水滾滾として全戸にうるおい区民の喜びは絶頂に達した 苦難を克服して衛生文化の輝かしい礎を確立し住みよい郷土建設と地区發展のもとを開いた区民一同の活眼と工事施行に努力した市当局ならびに関係各位こに深厚な謝意を表しここにその一端を記し後世に傳う 昭和三十三年十月十五日 篆額 熊谷市長 栗原正一併書 石工 野口金吾刻 |
例祭日 | |
神紋・寺紋 | 未登録 |
更新情報 | 【
最終
更新者】管理者 【 最終 更新日時】2024/08/13 20:43:26 |