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基本情報
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| 住所 |
埼玉県深谷市本田1831 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
秩父本線武川 徒歩21分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
0485833014 |
| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
時宗 |
| 創建・建立 |
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| 由来 |
新編武藏風土記稿
男衾郡本田村
稱名寺 當寺モ時宗ニテ淸淨光寺ノ末ナリ 不二山遊座院ト號ス 慶安二年寺領十石ノ御朱印ヲ附セラル 開山ハ敎念寺ニ同シ 本尊三彌陀立像ニテ長一尺許 弘法大師ノ作ト云 寺寶トシテ古鉦アリ 左ニ圖ス 此鉦年月ハ鐫ラサレト遊行十四代授之トアルニ 彼淸淨光寺十四世ノ僧沙彌上人永享十一年遷化 其年曆大抵推シテ知ルヘシ
地藏堂 鐘樓 寶曆三年鑄造鐘ヲ掛ク 天神社 熊野社 稻荷社 八幡社 白山社 塔頭 長德院
境内碑
稱名寺史
時宗遊座院道場不二山称名寺
永仁六年量淵和尚遊行二祖真教上人に帰寂し當寺を開山する
貞享年間十九世仁海和尚當山を中興し御朱印十石を受領する
延享年間二十七世了海和尚本堂を再建する
大正六年二月十四日延火により山門を残し全山類焼する
大正十三年五月十七日四十世善祐和尚本堂庫裡を再建する
昭和十年十月十八日遊行六十七世尊浄上人御親教の時入佛式を行う
昭和十八年太平洋戦争のため梵鐘を供出する
寄附者中島與右衛門 當村中畑ヶ山檀中
昭和二十二年農地法により畑五町四反二畝二十一歩・田三反五畝四歩を解放する
昭和二十八年五月三十日宗教法人法の認証を受ける
昭和三十六年山林二町一反六畝十六歩を独協学園に売却する
現在境內地一千五百一坪三合九勺 飛地境內地薬師堂百五十五坪六合五勺 地蔵堂百三十一坪六合二勺 山林一反三畝十八歩
維時 昭和三十七年十月
称名寺四十一世實阿富雄誌之 |
| 神社・お寺情報 |
境内碑
墓地改修記念碑
墓地改修の銘 称名寺は永仁六年(一二九八年)称名寺二世量淵和尚が時宗の教義に感応し遊行二祖他真教上人を招請して開山し法燈明々として凡そ七百年の歳月が過ぎました 不幸にして大正六年二月十四日近隣の大火により延焼し七堂伽藍は山門を残して全山灰燼に帰してしまいました しかし全檀信徒の厚い信仰心と堅い護山精神の一致協力により大正十三年五月十七日再建し佳時の面影を取りもどすことができました しかるに墓地については その永い間整理が行はれず今日に及び各家の墓地の境界は不明になり通路も狭く乱れてきました 環境衛生の上からも美観の点からも一日も早くこれが改修を望む声を聞くようになりました 一部の者の中には銘々各個に墓地の改修をする者も出てきました ところで墓地全体の風致上から考え今日これを行はず 放置しておくと将来益々不可能になると思ひ墓地使用者の意見や希望をまとめて全面的に改修をすることになりました 完成するまで協議を重ねること百余回 五年の永い年月を要しました その間檀信徒各位のご協力と役員各位の努力により完成し面目を一新することができました 先祖の安住の霊地として子孫の心のよりどころとなることを願い微意を後世に伝えたいと思います 願はくは仏恩の加護により法燈益々盛んに後昆を照し檀信徒の上に幸あれと謹しんで念願いたします 南無阿弥陀佛
昭和五十九年春彼岸 称名寺四十一世 平野富雄 撰文 |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2026/01/11 22:33:03
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