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参拝日:2025年7月17日 14:15
参拝日:2025年5月2日 15:00
★★★★★ 参拝日:2025年1月28日 00:00
参拝日:2022年7月30日 00:00
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基本情報
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| 住所 | 山口県宇部市新天町2丁目2番19号 |
| 五畿八道 令制国 |
山陽道 長門 |
| アクセス | JR宇部線琴芝 徒歩6分 |
| 御朱印授与時間 | |
| 電話番号 | 0836-32-4138 |
| FAX番号 | 0836-32-5314 |
| 公式サイトURL | http://ube-city.main.jp/nakatsuse/ |
| 御祭神 | (主祭神)綿津見神 瀬織津姫神 倉稲魂神(配祀神)市杵島姫神 田心姫神 湍津姫神 八王子神 赤崎大明神 金刀比羅神 |
| 創建・建立 | |
| 旧社格 | |
| 由来 | 江戸時代の享和元年(一八〇一)の創建。この頃、当地一帯は度重なる水害に困窮していた。寛政九年(一七九七)、領主福原房純の臣村上清右衛門純明は、新川の開鑿奉行となり、東流の塩田川と西流の真締川の合流域に堤防を築き、川の流れを南方の海へと注ぐ一大土木事業を行った。寛政十年(一七九八)、この新川疏通の大工事は竣成し、旧状を一新して当地は肥沃な良田となり、豊かな農村へと面目を一新した。三年後の享和元年(一八〇一)に、「土堤堅めの守護神」として、新川の左岸、白砂青松の地に当社を建立する。天保十一年(一八四〇)、藩命により、当地(琴芝台地)に祀ってあった八王子・稲成・赤崎の三神を奉齋する。明治四十一年(一九〇八)、神社の統合が行われ、八王子・稲荷・赤崎、そして境内に祀ってあった厳島神を、当社の祠に合配祀する。明治四十四年(一九一一)、二町ばかり東方に社殿を移す。大正八年(一九一九)村社に列する。大正十四年(一九二五)、社殿の老朽部を改築。昭和三年(一九二八)に御大典を記念して大改築を行い、面目を一新にする。昭和二十年(一九四五)七月二日社殿が戦災にあう。幸い御神体は境内の第一防空濠内に御奉安、七月三日藤山の西宮八幡宮に奉遷し、一夜出雲岩戸神楽を奉納申し上げ、御神慮をお慰めする。同年十月、焼土と化した社地に仮殿を設け、西宮八幡宮より御奉遷申し上げる。
境内掲示板抜粋 中津瀬神社(通称すいじんさま) 摂末社 福稲成神社(太鼓谷稲成神社御分霊) 龍神社・恵比寿大黒社・庚申産霊社 由結沿革 江戸時代後期の当地一帯は度重なる水害による凶作に困窮せる村人を救い安定した暮らしを目して、時の宇部給領主毛利家家老福原房純公は、寛政十年(一七九八)新川を掘削疎通為して肥沃な良田豊かな農村へと面目を一新した 享和元年(一八〇一)師走房純公は新川疎通の神助に謝し奉り村人と村の守護として新川左岸白砂青松の地に当社を創建した 明治四十一年(一九〇八)神社の統合により八王子 福稲成 赤崎 厳島神を合配祀 明治四十四年二町ばかり東方へ社殿を移設 昭和二十年七月二日宇部大空襲により堂宇全て焼失 同年十月焦土と化した境内に仮殿を設け空襲を避けて西宮八幡宮に奉遷の御神体を還御奉遷申し上げた 昭和五十一年御鎮座一七五年大祭斎行 本殿玉垣神苑を整備為し茲に戦後の復興は漸くにして整い神社の尊厳を保持した 平成十三年(二〇〇一)秋御鎮座二百年式年を慶祝し新世紀初頭を紀念し本殿 幣殿 拝殿と境内参道神苑を大修造為し 境内は明るく開かれた環境と整備された 境內にはミネラル豊富な自然の地下水が湧き また御神田にはイセヒカリ苗を田植えし日供祭神饌としている 御神木として桜に銀杏に招魂木がある。 |
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| 更新情報 | 【
最終
更新者】カツ 【 最終 更新日時】2023/12/23 08:59:36 |





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