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基本情報
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| 住所 |
埼玉県久喜市菖蒲町小林4335 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
埼玉新都市交通伊奈線内宿 徒歩54分 |
| 御朱印授与時間 |
|
| 電話番号 |
0480851419 |
| FAX番号 |
0480857804 |
| 公式サイトURL |
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| 御本尊 |
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| 宗派 |
曹洞宗 |
| 創建・建立 |
|
| 由来 |
新編武藏風土記稿
埼玉郡小林村
正眼寺 禪宗曹洞派葛飾郡幸手宿鳳壽寺末 醫王山ト號ス 開山ヲ豐山雪大ト云元和六年二月四日示寂ス 慶安二年寺領十石二斗ノ御朱印ヲ賜ハレリ 開基ハ名主七兵衞カ先祖柴崎與五右衞門ニテ明曆三年二月廿五日終リ泰休常安ト謚ス 與五右衞門カ父ハ和泉トテ元成田氏ノ家人ナリシカ沒落ノ後當所ニ來リ住スト云 カノ家ノ分限帳ニ三十貫文柴崎丹後ト載ス コノ丹後ヲ傳ヘ誤レルニヤ 又自ラ別人ナリヤ詳ナラス 本尊藥師ヲ安ス 鐘樓 元文五年鑄造ノ鐘ヲカク
境内碑
山内諸堂落慶記念碑
碑文
当山は医王山正眼寺と称し、慶長二年(一五九七)幸手市波寄の宝持寺第六世豊山東雪禅師を迎えて開山、開基は柴崎家一門の総本家、現柴崎美男家の初祖道慶𣳾應麟宗座元と伝えられる。
慶安二年(一六四九)三代将軍家光公より拾石二斗の朱印状を受けており、禅寺として近隣に名を知られ連綿と法燈を護持してきた。然るに弘化三年(一八四六)火災により本堂・禅堂・庫裡外ほとんどの堂宇を焼失、時の住職十九世本光泰然大和尚は責を負って退任、二十世大道玉林大和尚を経て二十一世大嶠広学大和尚を大宮市西福寺より迎えて寺檀一丸となり復興に全力を挙げ、嘉永五年(一八五二)実に七年がかりで本堂と仮庫裡が再建された。
本堂は、明治二十六年(一八九三)二十二世戒学宗孝大和尚代に屋根をかや葺から瓦に葺き替えるなどかなりの補修を施したようであるが、長年の風雨にさらされて年毎に損傷が目につくようになり、そこで総代世話人会し計り、昭和六十一年(一九八六)開山四百年祭実行委員会を結成し、本堂・山門の改修。開山堂新築が記念事業として計画された。
幸い、仏天の冥護と檀信徒各位の深井ご理解、菩薩寺隆昌を願う篤い思いにより多額の浄財が寄せられ、ここに諸堂の建築、周辺の造園整備、境内の舗装、参道の敷石工事、駐車場等を一気に完了し面目を一新した。
ここに、この事業発願の経緯と事業概要、浄財浄行を寄せられた檀信徒各位を始め十方有縁の方々の芳名を記し末長く顕彰すべく碑を残すと共に寺門の益々の隆昌、各家の家門繁栄諸災消除諸縁吉祥を祈念し辞といたします。
維持平成七年五月二十八日吉祥日
医王山正眼寺第二十五世
顕孝道雄謹誌
医王山正眼寺開山四百年祭諸堂増改築・山内整備事業
記念事業概要
諸堂建築工事
着工平成五年一月十日
竣工平成六年六月二十日
開山堂兼位牌堂新築
木造銅板平葺・床面積四〇㎡
本堂増改築
木造銅板本葺・下屋部分銅板平葺
床面積三六一㎡
山門修築
木造瓦本葺・両袖瓦平葺
総工費 一億六千六百八拾二万円 |
| 神社・お寺情報 |
不許葷酒入山 明和三丙戌年(1766)
鐘銘
伝曰八世雪湛和尚発願改鋳既存沙鐘十世湛堂和尚継其志元文五年十二月八日遂成就之得挂口徑二尺七寸大鐘也爾来二百三年昭和十七年十二月八日遭遇太平洋戰争被令供出畢 偶有無籍品虽帰吾有依銘探査其出所返還之茨城県大津町長松寺也於是新発願再鑄大業半歳忽達成之得挂此洪鐘矣嗚呼梵音亘遠近功徳廣大利益現當二世者也
願以此功徳普及施一切
我等与衆生皆共成佛道
昭和廿五年九月彼岸日
埼玉県南埼玉郡
小林村栢間村大山村菖蒲町各祖徒中
京浜並各地方檀信徒中
神田今川校疎開児童父兄中
境内掲示板
えんま堂建立の記
えんま堂は長年丸谷の旧源宗寺の敷地内にあり、地元の皆様によって大切に守られてきました。
丸谷地区には旧源宗寺とは別に龍蔵院という尼寺があって明治初年の廃仏毀釈により廃寺となり、その際えんま堂が旧源宗寺に移されたものかと推察されます。
丸谷地区の皆さんの総意により正眼寺に移管することになり新しいえんま堂が建立されました。古いお堂の中に祀られてあった「えんま大王像」と「奪衣婆(だつえば)像」を修復の上、祀られています。
平成二十七年九月吉日
当山二十六世宗純英種
えんま大王について
人間は死後、生前の行い次第で六道(天上・人間・修羅・餓鬼・畜生・地獄)の何れかの世界に送られる。その行先を決定するのがえんま大王と考えられています。死後三十五日目にえんま大王の判決が下り四十九日目にそれぞれの世界に出発すると考えられています。
奪衣婆について
三途の川の渡し賃を持たずにやって来た亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼を言います。奪衣婆が剥ぎ取った衣類は懸衣爺(かけえじ)によって衣領樹に懸けられます。その衣の重さがえんま大王の判決の資料の一つになります。
境内碑
白山宮祠
宝永四年(一七〇七年)四世天易代造立
昭和五十八年(一九八三年)三十五世道雄代再建
鎮座の白山権現は、北陸の名山加賀(石川県)の白山を神格化したものと思われるが、宗祖道元禅師の入宋(中国)修業中影随して禅師を守護、渡航の危難を救うなどの霊験を伝えられ、為に本宗では白山妙理大権現と尊称、寺院の守護神としてあがめ祀っている。又「白(ハク)」を「歯苦」に転じて古来歯痛を除く宮祠として信仰されてきた。 |
| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】zx14r
【
最終
更新日時】2026/01/04 11:59:49
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