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基本情報
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| 住所 |
埼玉県東松山市石橋2240 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
| アクセス |
東武東上本線森林公園 徒歩26分 |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
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| FAX番号 |
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| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
誉田別尊 |
| 創建・建立 |
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| 旧社格 |
旧村社 |
| 由来 |
境内掲示板
御由緒
当所石橋の八幡神社は誉田別尊(応神天皇)を主祭神を齋きまつり明治四十年三月二十三日字附川稲荷神社、城山五社大神、上宿愛宕神社を合祀せる古社なり。
昔大神は深く内外の政治に大御心を用いられ、文学を奨励し殖産興業を盛んにし数多の池溝を開き灌漑の便を計り又大船を作り交通の道をも開かれ当時国内は勿論韓国との交通甚だ頻繁となし海外の文化を導入し謙譲忍耐和衷協同の徳をもって国家を安泰し国民を安んじ給えり。
されば大神は厄除開運の御神徳とともに文教及び産業の守護神として万人齋し尊崇する中に当社は私たち祖先のにより慶長元年村内守護のために此の地の古墳上に社殿を造営し相模国鎌倉の鶴岡八幡見より神霊を合祀し代々祭祀怠らず厚き神護の下営々として村づくりにいそしみ来たれり。
爾来星霜移り社殿の老朽甚だしく再建の議澎湃として起こり昭和四十八年十二月十六日竣工浄闇の裡に壮麗清浄の神殿に神霊を奉安し盛大に奉祝今日に及ぶ而して今や神威益々赫々の光を発し氏子崇敬者を鎮守し給え御神徳の洪大なるを偲ばしむ。
文化財
史跡 若宮八幡古墳一基 埼文指第一七九号昭和三十九年三月指定
主たる祭事
歳旦祭 一月一日
祈年祭(春祭) 四月十五日
例大祭(秋祭) 十月十五日
新編武藏風土記稿
比企郡石橋村
若宮八幡社 村ノ鎭守ニテ定宗寺持 相傳フ 當社ハ古ヘ松山ノ城主上田氏ノ臣山田伊賀守ヲ祭リシ社ニシテ今モ此社ノ下ニ伊賀守ノ形骸ヲ藏メシ石棺アリト云 又土人ノ話ニ明和ノ頃ニヤ村民善右衞門ト云者伊賀守ノ子孫ナレハトテ試ニ此地ヲ穿チシニ果シテ石棺ヲ得タリ 其蓋ニ伊賀守ノ名仄ニミエシト云 伊賀守ノコトハ郡中腰越村城蹟ノ條ニモ出タレハ照シミルヘシ 法名ハ是心院道悟日眞大居士ト稱セリ 又云伊賀守カ子三人アリシニ 御打入ノ後各召出レ旗下ノ士トナリ 長男ハ故アリテ致仕シ當村ヘ來リ住セリ 其子孫世々農民トナリカノ善右衞門家衰ヘタツキモナラサリシユヘ後攝州大坂ノ邊ヘ移リシト 今村內ニ其別家ト云者三軒殘レリト云 山田系譜ヲ見ルニ伊賀守ノ長男仕ヲ致セシコト見エス 土人ノ傳フル所疑フヘシ |
| 神社・お寺情報 |
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| 例祭日 |
祈年祭(春祭):4月15日
例大祭(秋祭):10月15日 |
| 神紋・寺紋 |
未登録
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2024/02/25 18:09:35
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