埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501 木ノ宮地蔵堂の写真1
埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501 木ノ宮地蔵堂の写真2
 3.5

木ノ宮地蔵堂  (きのみやじぞうどう)


埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501

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木ノ宮地蔵堂の参拝記録1
0
140
達也さん
★★★★ 参拝日:2021年5月22日 15:30

木ノ宮地蔵堂の参拝記録2
0
120
たくちゃんさん
★★★ 参拝日:2021年2月25日 00:00


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基本情報


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住所 埼玉県入間郡三芳町大字上富字木ノ宮1501
五畿八道
令制国
東海道 武蔵
アクセス 東武東上本線ふじみ野 徒歩48分
御朱印授与時間
電話番号
FAX番号
公式サイトURL
御本尊
宗派
創建・建立
由来 境内掲示板
町指定文化財
木ノ宮地蔵堂
  三芳町大字上富字木ノ宮一五〇一番地
 木ノ宮地蔵堂(武蔵野地蔵堂)は”富の地蔵さま”として、古来より人々に親しまれている。江戸時代に書かれた古文書によると、延暦二四年(八〇五)坂上田村麻呂が北国遠征の際、武蔵野で道に迷ったところを地蔵菩薩に助けられ、その加護に感謝し地蔵堂を建立したと伝えられている。また、寛永十九年(一六四二)に焼失した堂宇を三富開拓が終了した元禄九年(一六九六)に開拓農民が出資して御堂を再建したが、七〇年ほど経つと破損がひどくなったため、明和六年(一七六九)に川越藩に地蔵堂の再建を願い、安永六年(一七七七)に現存する地蔵堂を完成させたと記されている。
 地蔵堂は、間口六間・奥行七間の方丈造りで主要材のほとんどにケヤキを用い、須弥壇も総ケヤキ造りで見事な浮彫りが施されている。また、内陣の格天井には地元の絵師鈴木本英による一〇七枚の植物画が描かれている。当時、総ケヤキ造りでかつ、見事な天井画を描いている建物が建立できたということは、三富新田開拓の成功と経済的な豊かさを示しているようである。
 木ノ宮地蔵は、縁結び、子授け、子育てのお地蔵さまとして信仰されており、堂内には多数の絵馬が奉納されている。毎年四月二三・二四日と八月二三・二四日の縁日には多くの参拝者と出店で賑わいを見せ、昔と変わらぬ信仰の厚さを物語っている。
 平成十一年三月三〇日
  三芳町教育委員会
  三芳町文化財保護審議委員会
神社・お寺情報 境内掲示板
縛られ地蔵
 雑木林に囲まれた多福寺の境内にある木ノ宮地蔵は、「富の地蔵様」とも呼ばれ、古くから人々が親しみをもって接してきました。そのため、地蔵様にまつわる逸話がいくつか伝わっています。
 『むかし、富の地蔵様は夜になるとこっそりお堂を脱け出し、村々に出没するという噂が広まりました。
 檀家の者たちが集まり、「ご本尊様が脱け出しちゃ、しかたなかんべぇ」「何か悪いことでもしなければいいのだが」と心配しておりました。そのうちに、上富、中富、下富よりもっと遠くの村までお地蔵様を見たというものが出てきて、悪い噂が絶えませんでした。
 さすがに寺の者もほおっておけなくなり、檀家の人たちとも相談し、お地蔵様を鉄の鎖で縛ってしまいました。それからは、もう二度と、お地蔵様が夜に出歩くという話は聞かれなくなりました。』
 こんな汚名をきせられた富の地蔵様ですが、縁結び、子授け、安産、子育てに霊験あらたかだと言われ、春の祭礼(四月二十三日・二十四日)と夏の祭礼(八月二十三日・二十四日)には、遠方からも参拝にやってくる人たちが後を絶たず、現在でもたくさんの出店で賑わい、人々に親しまれています。
 童絵作家・池原昭治著 増補改訂版『埼玉のお地蔵さん』(昭和六十二年刊)より
 平成二十二年三月
  三芳町教育委員会

境内掲示
木ノ宮地蔵奥之院の石地蔵(町指定文化財)
 奥之院石地蔵坐像は、江戸時代初期に製作され、現在入間東部地区に残る石地蔵の中では最古のものである。背面には「奉再造武州入東部木宮地蔵菩薩大権現像 寄進古尾谷木目郷(現川越市木野目)杉山長五郎 為二世安楽子孫繁栄也 時寛永十九壬午年(一六四二)雪月吉日」と刻まれている。文献によると寛永十九年に地蔵堂が焼失したと伝えられ、この石地蔵が堂字焼失直後に奉納されたと見ると、三富開拓(元禄七年・一六九四)から遡ること五十年以上もの昔、人の住まない武蔵野の原野の中にたたずむ木ノ宮地蔵はすでに人々の厚い信仰を集めていたことが窺える。

境内碑
埼玉県指定旧跡 三富開拓地割遺跡の概要
三富開拓地割遺跡は 元禄七年から九年(一六九四~九六)に川越藩主柳沢吉保の命を受け重臣曽根権太夫の指揮により実施された開拓で 三芳町上富・所沢市中富・下富の約一四〇〇町歩(約一四〇〇ヘクタール)に及び 開拓当時の景観を良く残す 生産性の高い農業地帯である。
 文化財指定 昭和三七年十月一日
 建立日 平成八年三月吉日
 建立者 埼玉県教育委員会
     三芳町教育委員会

境内掲示板
甘藷の碑
 所在地 三芳町大字上富一五〇一番地
 「富のいも」として知られるさつまいもは、三富(三芳町上富、所沢市中富、下富)をはじめとする関東ローム層の発達したこの周辺の地域で今も盛んに作られている。
 さつまいもは、青木昆陽により広められたというが、三芳町周辺では、江戸時代中頃の寛延四年(一七五一)に、南永井村(現所沢市南永井)の吉田弥右衛門が千葉から種いもを取り寄せたことがはじまりである。やがて、江戸時代の末には、畑の作物のなかで最も多く作付けするようになった。今では、その当時ほど多く作付けはしていないが、依然として多くの農家がさつまいもを作っている。
 明治の末年頃、三芳町の上富を中心に、青木昆陽に感謝の意をあらわす碑を建てようという計画が起こり、周辺の村々に寄附を募って回った。その後、計画は一時中断されたが、昭和十八年に三富の人々の手により、この碑は建立された。
 平成二十二年三月
  三芳町教育委員会
例祭日
神紋・寺紋 未登録
更新情報 【 最終 更新者】thonglor17
【 最終 更新日時】2026/01/24 20:37:04
 
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