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基本情報
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住所 |
北海道夕張郡由仁町熊本760 |
五畿八道 令制国 |
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アクセス |
JR室蘭本線古山 徒歩15分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
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FAX番号 |
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公式サイトURL |
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御祭神 |
加藤清正公 |
創建・建立 |
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旧社格 |
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由来 |
熊本開墾開拓の当時、現在の熊本神社のある所に桂の大木があったのを神木として天満宮を祀り、毎年4月3日を移住記念日として春祭りを行い、9月23日秋季皇霊祭(現在の秋分の日)を秋祭りとしてきた。その年代は定かではないが、おそらく明治時代と思われるが、三川部落と合同で祭典を行っていた。それは三川の高台、今の室蘭線、馬来内川の鉄橋の東南の高台に小さな神殿があった。当時はその辺一帯は大木が生い茂り、樹下には野いちご、ききょう、おみなえし等が自生して、神社の境内にふさわしく神々しい所であった。その土地は合林林蔵より300坪を熊本県人にと寄附され、そこに三川と合同で社を建てたものである。春秋の祭典、特に秋祭りは豊年を祝して、青年相撲や子供相撲等が行われ、土俵の北側にさじき等もあった。 熊本部落では、その桂の神木の所に社を建て、加藤清正公を祀る事となり、山本保太郎、湊頼吉の首唱により、熊本県本妙寺より、加藤公の分霊を戴き、明治41年9月22日、熊本開墾事務所で加藤平五郎が御神体の紐を解いて祭ったが、9月24日山本保太郎宅に奉遷した。然し不敬の恐ありとして、山本保太郎、湊頼吉、佐川長吉、吉野大五郎らが各地に奔走して参加を求め社殿を建て明治45年頃山本藤太郎、湊頼吉が御神体を奉持して現在の神社に祭った。 (境内掲示板より) |
神社・お寺情報 |
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例祭日 |
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神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
【
最終
更新者】ひろちゃん
【
最終
更新日時】2021/05/11 17:49:10
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