埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真1
埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真2
埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真3
埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真4
埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真5
埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真6
埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真7
埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真8
埼玉県川越市富士見町21-1 浅間神社の写真9
 3.0

浅間神社  (せんげんじんじゃ)


埼玉県川越市富士見町21-1

みんなの御朱印

浅間神社の御朱印1
71
北原さん推しさん
2025年7月13日 00:00
浅間神社の御朱印2
51
nak55さん
2025年7月13日 00:00
浅間神社の御朱印3
64
nak55さん
2025年7月13日 00:00

自分の御朱印

まだ御朱印が登録されていません

みんなの参拝記録

⛩️🎠🐢まめ🐢🎠⛩️さん
★★★ 参拝日:2025年10月18日 14:38
🫡御朱印は年に1回の初山の時のみです
浅間神社の参拝記録2
1
121
たくちゃんさん
★★★ 参拝日:2021年2月14日 15:39


こうさん
★★ 参拝日:2026年2月14日 15:24

北原さん推しさん
★★★★ 参拝日:2025年7月13日 00:00
初山にあわせて参拝。

自分の参拝記録

まだ参拝記録が登録されていません

みんなの動画

自分の動画

まだ動画が登録されていません

基本情報


※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 埼玉県川越市富士見町21-1
五畿八道
令制国
東海道 武蔵
アクセス JR川越線川越 徒歩8分
御朱印授与時間
電話番号 049-222-1396(川越八幡神社) 
FAX番号
公式サイトURL
御祭神 木花咲耶姫命
創建・建立
旧社格
由来 境内掲示板
浅間神社の歴史と信仰
 当神社は康平年間(一〇五八~一〇六五)、源頼義が奥州征伐の途次に分霊したことに始まり、長禄元年(一四五七)に太田道灌が再営し、永禄九年(一五六六)に北条氏の臣・中山角四良左衛門が再興したという。
 文政十一年(一八二八)、川越南町の山田屋久兵衛が近郷富士講中並びに有志老若男女の助力を受け、拝殿一棟の再建と一丈余の岩室の上に更に一丈有余を新築したと棟札に記されている。
 岩室前の石猿に天保四年(一八三三)の銘があることや、石碑類の多くが天保年間に造営されていることから、文政から天保年間に現在の形が整えられたと考えられる。(この岩室は、大正十二年の関東大震災により崩壊し間もなく再建したとの柵石がある。)
 拝殿の天井は、中央部が折上格天井(おりあげごうてんじょう)になっており、江野楳雪(一八一二~一八七三)による百人一首歌仙像の絵がくみこまれている。 
 神社の祭神には木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が祀られている。江戸中期、関東一円に浅間信仰が起こり、富士浅間神社を分霊した当神社には、近郷の多くの村々が講を作り、寄進したことが石碑や柵石に刻まれている。
 毎年七月十三日の初山には、子育ての神が転じて子宝に恵まれる神としても信じられ、新婚夫婦・幼児を抱いたお母さん方など毎年一万人にも及ぶ参拝客が訪れている。参拝客は、暑さに向かう夏の健康を願いあんころ餅を、夏の難病と厄病を追払い毎日を健やかに過ごすようにと団扇を買い求め、お仲人や近親者に配る習わしになっている。
 平成二十二年一月吉日
   浅間神社総代一同

境内碑
復旧の経緯
 当神社の本殿は、文政十一年(一八二八)一丈余の岩室の上に更に一丈有余を嵩上げし、天保
四年(一八三三)、大正十二年・昭和六年に地震の被害を受け修復した。 
 平成二十三年三月十一日の「東日本大地震」で、石垣と岩室の本殿・五体連座の末社等が大きな被害を受けた。神社関係者がこれを憂い協議した結果、地震前の原状に復旧させることにした。
 仙波三神社・六自治会。近隣住民事業者等の方々から絶大なるご支援・ご寄進を賜り、立派に完成した。ここに後世に伝承する。崇敬者に御加護あらんことを願う。
  平成二十四年一月吉日
    浅間神社本殿等復旧委員一同
神社・お寺情報 新編武蔵風土記稿
入間郡大仙波村
富士淺閒社 此社地モ一丈餘ノ塚ニテ則前ニシルセル母塚ト云モノナリ 仙波中院ノ持ナリ 下宮

境内掲示板
浅間神社古墳(市指定・史跡)
円墳でその規模は高さ約五メートル、周囲四ニメートルである。現在この古墳の頂上には、浅間神社が祀られており、このためかなり削りとられて墳頂部は平担になっている。 古墳のすその部分に低いところが見られる事から周溝が巡っていたと考えられる。愛宕神社古墳と共に仙波古墳群の中では規模も大きく、群集墳が発生した初期の頃に築造されたものであり、六世紀の中頃のものであろう。仙波地域一帯が農業を専業とする人々によって村落が形づくられ、その指導者の墓として作られたものであり、川越市內では、的場古墳群、南大塚古墳群、下小坂古墳群に次いで残っている仙波古墳群のひとつである。 
昭和六十三年三月
川越市教育委員会

境内掲示板
県指定・旧跡
占肩の鹿見塚(うらかたのししみづか)
万葉集巻十四の 
 武蔵野に占へ肩灼きまさでにも
  告らぬ君が名うらに出にけり
 という歌は古代日本人が多く住んでいた鹿を持し、その肩を焼いて吉凶を占った習慣にことよせた情緒深い歌であるが、この誕生地が長いこと謎だった。
 この仙波の地には、父塚・母塚もふくめて古墳群が形成されていた。しかし、この鹿見塚は大正三年に東上線が開通する際、破壊され消滅してしまったが、土地の小名にも「シシミ塚」「シロシ塚」などと記録されている。シシとは鹿のことである。
 建碑の場所は便宜上浅間神社の前を選んだのである。
 平成四年三月
  川越市教育委員会
例祭日
神紋・寺紋 未登録
更新情報 【 最終 更新者】thonglor17
【 最終 更新日時】2024/09/08 18:02:28
 
※神社やお寺など日本文化の専門企業が算出している日本唯一のオリジナルデータですので、ご利用になりたい法人様やマスコミの方々はこちらよりお気軽にご相談ください。

近くの神社・お寺

近くのお城

このエントリーをはてなブックマークに追加 フォローする

通報

※「情報が異なる」「迷惑情報」を発見された方は、通報するを押してください。

神社・お寺検索

※は必須です
 
 
*
*

 
 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら

サイト内全検索

最近検索された神社・お寺

辦財天祠・水神塚(天満宮境内社)  大音寺の庚申塔  庚申塔(石川町1丁目)  神明宮  南宮神社  鈴ヶ滝不動明王  塞神社(猿投神社)  大國社(猿投神社)  品陶神社  高天神社  尾白稲荷大神  愛宕神社奥の院  舘山寺穴大師  金刀比羅神社  古峰神社  薬師堂(願成寺)  猿田彦神社(庚申塔三基)  力石(雪ヶ谷八幡神社境内)  庚申供養塔群(雪ヶ谷八幡神社境内)  朝比奈神社  若宮神社  荒魂神社  願成寺 山の坊 不動堂  塩竃神社  藤木神社  芭蕉天満宮  天神社  大和神社  追倉神社  稲荷社  八雲神社  築地本願寺慈光院  熊繁大神  松木天神社  北野神社  水神社  観音堂  天満宮  小宮稲荷  大日堂  太田山光西寺  祖霊神社  倉前稲荷大明神  天明稲荷  秋葉神社  境内社(月讀宮、淡島神社、天満宮、染殿神社、市廛神社、太子神社、八坂神社、浅間神社、雷電神社)  西宮神社  神明宮  六地蔵尊  天岩戸別神社 奥の院(天戸岩戸別神社 境内)  天照皇大神宮  南良津神社  大山住神社  今宮社・厳島神社  慈眼寺  御嶽神社  天乃鳥舟神社(常陸国出雲大社境内摂社)  八坂神社  車僧観音堂  太郎山大神  三社神社(筑摩大神社、熊野大神社、子安大神社、八坂大神社)  八幡宮  弁財天  白山姫神社  正田稲荷神社  広大山法生寺  札幌護国神社多賀殿  頭大仏殿  日枝神社  天道稲荷社(五社宮境内)  愛鷹神社  庚申塔(東つつじケ丘1丁目)  須賀神社  釈迦寺  弁財天  徳満宮  平山諏訪宮  金毘羅神社  広坂厳島神社  祇園社  素戔嗚神社  善覚稲荷神社(木山神社境内社)  稲荷大明神(舘氷川神社境内)  金山神社  諏訪神社  白川稲荷神社  太田神社  相国寺 承天閣  勅使館  松の参道の鳥居  拝殿  宝庫  高円寺氷川神社 手水舎  天満宮  稲荷神社  稲荷神社  豊似神社  天満宮  須佐神社  弁財天•地蔵尊 神社 

何を投稿しますか?

神社・お寺検索

初めてご利用の方は、使い方をお読みください。
*は必須です
 
 
*
*

 
 
 
※「神社・お寺両方」を選ぶと、一度に全て検索ができ大変便利です。プレミアム会員限定の機能となります。登録はこちら
※「記録を色分け」を選ぶと、参拝や御朱印の記録が地図上で色分け表示されます。(検索に時間がかかります。ログインが必要です。)