千葉県千葉市中央区蘇我町2ー2ー7 蘇我比咩神社の写真1
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千葉県千葉市中央区蘇我町2ー2ー7 蘇我比咩神社の写真5
 3.2

蘇我比咩神社  (そがひめじんじゃ)


千葉県千葉市中央区蘇我町2ー2ー7

みんなの御朱印

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27
おがおが1262さん
2023年7月8日 00:00
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14
なまさん
2023年3月18日 00:00
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14
たーこさん
2022年11月22日 00:00

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17
まっきーさん
2022年11月13日 14:30
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14
thonglor17さん
2022年11月11日 16:14
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14
氏青さん
2022年10月15日 00:00

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みんなの参拝記録

支那虎さん
★★★ 参拝日:2018年1月30日 00:00
前回参拝時に神職が不在で御朱印を頂くことが出来なかった為、改めて参拝したのだが…。社務所らしき建物内でコタツに入ってTVを観てにいらした方(宮司さん‍?‍?)に、「御朱印をお願い出来...」と最後まで言い切れぬ内に、即座に素っ気なくたった一言『無い‼』と言われ、仕方なく残りの「ますでしょうか」は飲み込む他なかった…(・_・、) 雰囲気のあるお気に入りの神社なだけにかなりショックだった...(TへT)
支那虎さん
★★★★ 参拝日:2017年10月6日 00:00
延喜式神名帳にも名神小社として記載される古社。 一見普通の神社だが、境内に居るとじわじわと神妙な気持ちになる...(^_^; そんな神社。

たろささん
★★★★★ 参拝日:2021年2月5日 00:00

優雅さん
★★★ 参拝日:2016年1月10日 00:00

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基本情報


※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 千葉県千葉市中央区蘇我町2ー2ー7
五畿八道
令制国
 
アクセス JR京葉線蘇我 徒歩13分
御朱印授与時間
電話番号 043-261-3450
FAX番号
公式サイトURL http://www.sogahime.com
御祭神 ○天照皇大御神
○蘇我比咩の大神
○春日大明神
○応神天皇
○千代春稲荷の大神
○御霊の大神
創建・建立 不詳
旧社格 郷社、千葉荘の鎮守
由来 諸説有る不思議な神社です。
日本武尊の御東征の時、相模灘で難風に襲われ、妃弟橘姫が海神の怒りを鎮めようと身を海に投じて難を救った事が当社の由緒に関わっています。ここから二つの説が残されたいます。
①遺体が当地の浜に漂い付き、里人の介抱により「我れ蘇れり」と生き返ったので「蘇我」の「姫(比咩)」と称し当社が創建された。
②身を投じた姫は五人いて、その中の一人に蘇我大臣の娘がいた。そして、その方がここの海岸に打ち上げられ、里人の看護も有り無事に帰る事が出来た。この行為に感動した応神天皇が蘇我氏を国造とし、当社を創建した。
③また一説に弘文天皇の御宇、壬申の乱で蘇我赤兄がこの地に配流された時祖神を祭り、のちに里人が赤兄やその妻子を祀ったという。

神社配布栞
 当社は、今から千五百年前から建てられていたといわれている。
 古記によりますと、第十二代景行天皇の皇子であらせられた日本武尊命が東国地方を統一すべく勅命を受け弟橘姫を始め多数の家来を引きつれ軍船に乗りて、千葉沖に差しかかったとき、風雨が強くなり船は進まず沈没の危険にあった。このとき弟橘姫は「龍神の怒りに触れた」とこれを静め和げんと同道して来た五人の姫達と共に身を海中に投じた。そして日本武尊命は、無事航海をつづけた。身を投じた五人の姫の中に蘇我大臣の娘たる比咩がおり、この方がこの下の海岸に打ち上げられた。里人等の手厚い看護で蘇生することが出来た。そして無事に都に帰ることが出来ました。又里人達は日本武尊命が日嗣の皇子でありながら東征の途中にて崩ぜられ皇位を継承するに及ばなかった事を聞き及んでその霊をなぐさめんと社を建て神として祭った。この里人等の行為に深く感激した第十五代応神天皇は、特別の命により蘇我一族をこの周辺の国造として派遣し政治をおこなわせた。蘇我一族は、代々「春日神社」「比咩神社」を守護神としており、両神社の御分霊をいただき「蘇賀比咩神社」を建立した。「延喜式巻九神祇神名帳千葉郡記載。」その徳は山より高く海より深く「春日様」「下総の国香取神明様」と下総の国の守護神として人々に敬神された。江戸時代には、徳川家康も敬神され一〇石を献上した。この所は江戸又上総、香取への街道の要所にもあたり参勤する大名また人々の集まる宿場町であったため参詣する賑わいをみせた。
 明治五年社格郷社となり皇室、国家の守護となり皇族の尊宗をうけ参拝もあり、御手植の松もありましたが、明治の大火事で神社も社宝、古文書、御手植の松すべて焼災してしまったが今もって海難防止、民政安定、家運繁栄、五穀豊穣、諸病消除、延命息災など神威をこよなくあらたかな神として近隣の人々に敬拝されています。
神社・お寺情報 ○徳川家康より代々朱印有り
○昭和42年社殿・社務所改築

水盤 天保十己亥九月(1839)
水盤 安政六年未正月(1859)
御神燈 弘化二乙巳年六月(1845)
例祭日 10月9日
神紋・寺紋 五七桐
更新情報 【 最終 更新者】まっきー
【 最終 更新日時】2022/11/13 19:37:11
 
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