4.0
大龍山清河寺
(せいがんじ)
埼玉県さいたま市西区清河寺792
みんなの御朱印
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(ぶーさん)
 42
御朱印日:2022年5月25日 00:00
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(はるあすとーちゃんさん)
 33
御朱印日:2021年2月23日 11:05
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(まっきーさん)
 43
御朱印日:2019年6月16日 13:30
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(うめさん)
 19
御朱印日:2017年1月12日 00:00
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みんなの参拝記録
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(ぶーさん)
おすすめ度:
0
 70
参拝日:2022年5月25日 00:00
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(はるあすとーちゃんさん)
おすすめ度:
0
 129
参拝日:2021年2月23日 11:05
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(thonglor17さん)
おすすめ度:
★★★★
0
 217
参拝日:2020年12月12日 07:24
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(まっきーさん)
おすすめ度:
★★★★
0
 141
参拝日:2019年6月16日 13:30
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(達也さん)
おすすめ度:
0
 140
参拝日:2018年6月24日 16:56
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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 |
埼玉県さいたま市西区清河寺792 |
五畿八道 令制国 |
東海道 武蔵 |
アクセス |
JR川越線西大宮 徒歩19分 |
御朱印授与時間 |
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電話番号 |
0486241763 |
FAX番号 |
0486241763 |
公式サイトURL |
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御本尊 |
阿弥陀如来 |
宗派 |
臨済宗円覚寺派 |
創建・建立 |
延文五年(1360) |
由来 |
境内碑
清河寺山門鐘楼再建之碑
惟れば当寺は正平十五年(一三六〇)開創され大龍山清河寺と称する
開基 関東管領足利基氏公 尊氏公四男
法名 清河寺殿玉嵓𣅮公大居士
貞治六丁未年四月二十六日歿
開山 圓覚寺第三十八世勅謚佛慧禅師 傑翁是英大和尚
永和四戊午年三月十二日遷化 歸源開山
祈願所 應永二十九年関東公方足利持氏公により足利家祈願所となる 基氏公曾孫
爾来再度の火難に遭遇したが六百二十年の法燈を掲げ世代も三十二世を数えるに至った
今次太平洋戦争の激化に伴い昭和十八年遂に梵鐘は軍に徴用されて音声を断った 昭和五十一年梵鐘再建の議が起り五十二年再鋳五十三年鐘楼堂建設の協議を重ね翌年一月より寄附勧募を開始したところ祖中祖外皆欣然として浄財を献じ三月着工五月完成した 引続き予算外の山門建設工事にかゝり八月完成を見たのである
茲に佛日輝きを増し法輪常に転じ世界平和にして干戈起らず山門鎮しえに静かに風雨順調に万民和楽諸緣吉祥ならんことを祈念し講中各家先祖代々各々霊位の昭鑑を仰ぎ外護者各位の積功累徳を高く掲げるもので ある
寺宝足利持氏公判物等七点も古文書は昭和四十八年三月九日埼玉県指定有形文化財として他の文書と共に県立文書館に保管されて居る
更に冀うところは諸佛諸祖諸霊位この清河浄岸に集まり来って善男子善女子の佛心篤きを守護せられんことを
昭和五十六年三月十五日
当山第三十二世 大関是光 記
新編武藏風土記稿
足立郡淸河寺村
淸河寺 臨濟宗相模國鐮倉圓覺寺ノ末大龍山ト號ス古ハ此所ヨリ坤ノ方ニアリソノコロハ七堂伽藍等建連テ此邊ノ寺々スヘテ末寺ナリシト云今ノ地ヘ移セシ年歷ハ詳ナラス開山ハ圓覺寺第三十八世佛慧禪師傑公是英ニテ永和四年三月十二日示寂ス開基ハ左兵衞督基氏ナリ貞治六年丁丑四月廿六日逝シ淸河寺殿玉嵒明公大居士ト諱セシ故當寺ヲモ淸河寺ト稱ストイヘト古河公方家ノ譜ニヨルニ基氏ノ法號瑞泉寺殿トアリ淸河ハ當寺ノミニテ追謚セシ號ニヤ又基氏ヨリ寺領等寄進セシコト緣起ニノスレト寄附ノ文書ハナシ應永廿九年基氏ノ曾孫左兵衞督持氏ヨリノ寄附狀等ハ今モ所持セリ其文下ニノスマタ下ニ出セル天文廿三年ノ文書ニ蘆根齋トアルハ其頃ノ住僧ナリトイフ其ノチ享祿年中兵亂ニテ堂宇燒失シ什物等モ悉ク烏有トナリ久シク廢寺ノ如クナリシヲ御打入ノ後天正十九年寺領五石ノ御朱印ヲ賜ハリ頗ル建立アリシヲ元和年中再ヒ回祿ノ災ニ罹リ其後イツノ頃カ仙岩ト云僧中興セリト云
寺寶 古文書六通 以下略 鐘樓 鐘ハ近キ頃ノ鑄造ナリ 觀音堂 千手觀音ヲ安ス聖德太子ノ作ナリ基氏當寺ヲ建立セシモ此觀音ノ示現ニヨルトイフ 天神社
境内碑
本堂客殿庫裡落慶記念碑
潔き きよかわでらの 流れこそ
汲みて涼しき 功徳なりけり
南無大悲観世音
清河寺御詠歌
旧梵鐘の鐘銘の中に『大日本国武州足立郡清河禅寺は鎌倉大将軍基卯氏公開基 済家(臨済宗)古道場也。昔日享禄年中兵火殿堂門廃尽焼失焉 既経蛍雪、二十世智山礼漸造立本殿、安置仏像耳』とある。記録によると正徳二年(一七一二)で本堂庫裡はその後、度々修繕を重ねてきたが、凡そ三百年程経過し老朽化著しく不便を生じていた。平成十四年四月午年観世音菩薩御開帳での札所詣りが機縁となり、先ず、護持会歴代会長方にて伽藍建設準備委員会を発足し、諸堂建設の発願が為された。原案設計を翼工房谷口順氏に依頼し、年内には出来上がり建設委員会に移行することになった。
翌十五年春、建設委員が各地区から選出され、建設委員会を設立、寺院見学会をし、再度建設の練り直しが始まった。 業者選定では、施工会社が山形県酒田のモトタテに決定した。年内には事業計画が出来上がり、翌十六年正月、本堂客殿建設檀家説明会が行われ、開山六百五十年を結願と為し正式に建設事業が始まり春彼岸には寄付作業に入った。檀信徒一丸となった絶大な御協力が得られ、愈々九月工事着工、客殿本堂庫裡の順に、三年に亘り棟梁を始めとする工事関係者の誠心誠意な取組みにより、日々順調に進められ十九年九月伽藍が全て完成した。その後、駐車場整備、敷石工事、造園工事等境内環境整備がなされ、全ての工事が完了、境内の面目を一新した。
平成十九年十一月二十三日大安吉日、開山六百五十年記念本堂客殿庫裡落慶式が円覚寺派管長足立大進猊下大導師にて多くの法縁尊宿に御隋喜賜り、又、来賓檀信徒参列の下、盛大に挙行された。建設委員会にて設計の頃から七十回以上の会合を重ね、各建物ごとに地鎮祭上棟式を執り行い、工事期間中は定例会を毎月行うなど委員各位には事業の推進に多大な御尽力を頂きました。又、護持会役員各位には任期を延長して御支援くださり計画作業に二年、工事期間に丁度三年にて長年の宿願が成就された次第である。
清河寺あってこの空前の大事業完成は、檀信徒皆様の物心両面の御協力と建設に携われた設計、施工の職人の方々の永年の技術力と献身的努力、それら全ての御縁とお蔭を以って始めて成し得た偉業であり、その功績に深甚なる謝意を表し仏祖釈迦如来、観世音菩薩、諸菩薩、開山歴代住職、御先祖様に感謝し、今後共菩提寺清河寺が、檀信徒並びに地域の皆様の心の拠り所となることを願い、この歴史的事業を記念碑に刻み、後世に永く伝えんとするものであります。
平成二十年三月吉日
当山第三十三世 大機是裕 謹誌 |
神社・お寺情報 |
円覚寺百観音・第38番札所
足立坂東三十三観音霊場 第三十番札所 |
例祭日 |
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神紋・寺紋 |
未登録
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更新情報 |
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最終
更新者】thonglor17
【
最終
更新日時】2023/05/27 19:42:54
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