みんなの御朱印
(yuwakaさん)
15 御朱印日:2024年7月13日 00:00 |
|
(匿名さん)
25 御朱印日:2024年4月10日 00:00 |
|
(匿名さん)
26 御朱印日:2024年3月10日 00:00 |
|
(ゆなじじさん)
22 御朱印日:2023年12月20日 11:20 |
|
(サヨナラ王子さん)
29 御朱印日:2023年6月21日 13:50 |
|
(サヨナラ王子さん)
22 御朱印日:2023年6月21日 13:50 |
|
(二代目無宿さん)
19 御朱印日:2023年5月21日 00:00 |
|
(二代目無宿さん)
18 御朱印日:2023年5月21日 00:00 |
|
(ともさん)
14 御朱印日:2023年3月11日 20:53 |
|
(ともさん)
9 御朱印日:2023年3月11日 20:53 |
自分の御朱印
まだ御朱印が登録されていませんみんなの動画
自分の動画
まだ動画が登録されていませんみんなの参拝記録
|
|
|
|
自分の参拝記録
まだ参拝記録が登録されていません基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
住所 | 群馬県高崎市石原町1247番地 |
五畿八道 令制国 |
東山道 上野 |
アクセス | 上信電鉄上信線南高崎 徒歩12分 |
御朱印授与時間 | 10:00~15:00 |
電話番号 | 027-323-1789 090-2445-5151 |
FAX番号 | |
公式サイトURL | https://obori-jinja.com/ |
御祭神 | 少彦名命 (すくなひこなのみこと) |
創建・建立 | 不詳 |
旧社格 | 郷社 |
由来 | 境内掲示板
小祝神社 当社は片岡の鎮守として、また安産・子育守護神として篤い崇敬を受けています。 神社の創建は不詳ですが、元慶4年 (880年)に正五位上が贈られ、延長5年(927)の『延喜式神名帳』に上野十二社の第七社に加えられています。 祭神は、少名彦名命で医薬及び穀霊神。現社殿は正徳年間(1711~1715年)、高崎城主間部詮房により造営されたものです。4月19日と10月19日の祭典には神楽などが奉納され多数の崇敬者で賑わいます。 境内碑 郷社小祝神社社殿葦替社務所建設記念碑 群馬縣知事従四位勲四等男爵大森佳一篆額 郷社小祝神社は延喜神名式に上野國片岡郡一座小祝神社と見え國内神名帳に従一位小祝明神とあり三代実録に元慶四年五月廿五日授上野國正五位下小祝神正五位上勲十二等とあり又神道集には上野七宮 に數へられて其御稜威は赫々として国史に輝き給へりしかは維新の初め明治五年社格御制定に方り第五大區の郷社に列せられたると與に己の父高井鐵鐸昉めて祠官を命せられたりしかかかる御由緒正し き御社にして社殿の具備はらぬはいとなめくい〇畏き事なりとて氏子と協力して區民に訴へて今の幣殿拜殿をそ新設せられけるをりしも當時の戸長片山與惣治殊に外を副へられたりき斯くて明治八年七 月己父の後を継ぎて奉職してより茲に五十餘年の久しきを経その建物も遂に大破に及へりしかは氏子と謀議りて群馬縣廳の公許を得て高崎群馬吾妻碓氷北甘樂多野の一市五郡に亙りて崇敬者を語らひ勧 めその賛助を得て本殿及び幣殿拜殿を悉く銅板にて葺替へ社務所をも建設して全く郷社たる資格を完備へたるは専ら御神徳に因る物から氏子崇敬者の力をこそ稱へつ可けれ故れ今回此擧を賛助けたる者 〇〇わさに関係する人々の芳名を碑蔭に刻みて御社のむた疆りなき世の紀念とする事となれりし嬉しさの餘り拙く懦弱なき身をもうち忘れつつおほけなくも其〇〇をかくなむ 昭和4年己巳10月 郷社小祝神社々司 高井東一撰文 藍窓處士 木暮虎一拝 |
神社・お寺情報 | 上野国七ノ宮
駐車場:20台 境内掲示板 高崎市指定重要文化財 小祝神社本殿 附享保元年棟札・享保二年奉納額・享保四年寄進銘 小祝神社は『延喜式神明帳』に記載された小社で上野国一二社(式内社)の一つである。主祭神は少名彦命である。 現在の小祝神社社殿は拝殿・弊殿と本殿が一体となっている。しかし、拝殿と幣殿は後から建てられたものであり、本殿は建設当初は単独で建っていた。 間部家文書と奉納額により、正徳三年(一七一三)に建て替えの企画が始まり、享保二年(一七一七)に上棟したことが明らかである。また、棟札と彫刻パネルの墨書より、享保元年に起工し、享保五年には竣工していたと推定できる。棟札によれば大工棟梁は大塚彦平、木挽は高橋嘉助であり、共に高崎町住である。 当本殿は、三間社入母屋造、側面三間で向拝三間を付ける。屋根は銅板葺(当初は檜皮葺または柿葺)とし、軒は二軒繁垂木とする。向拝は海老虹梁で繋ぎ、手鋏を付ける。大床を正側背面の四方に廻し、脇障子を立てる。内部は前方二間を外陣、後方一間を内陣とし、内陣に厨子を安置する。 背面の一部とはいえ、建造当初から壁面に彫刻パネルを嵌め込む例として現時点では県内最古である。当本殿は高崎市における文化財指定の神社本殿建築として最古であり、また、彫刻パネルを嵌め込む建物の年代判定の指標となる建物として貴重である。 所在地 高崎市石原町1247 指定 平成14年2月20日 高崎市教育委員会 |
例祭日 | 4月19日 |
神紋・寺紋 | 左三つ巴 |
更新情報 | 【
最終
更新者】優雅 【 最終 更新日時】2024/08/25 01:04:18 |