3.8
白山神社
(しらやまじんじゃ )
大阪府大阪市城東区中浜2−3−15
みんなの御朱印
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(ととるしさん)
 91
御朱印日:2025年10月26日 12:55
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(たまさん)
 21
御朱印日:2025年10月11日 12:57
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(テンテンさん)
 39
御朱印日:2025年5月3日 16:18
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(Kenさん)
 44
御朱印日:2024年4月27日 10:39
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(童子切安綱さん)
 32
御朱印日:2024年3月8日 00:00
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(tessunさん)
 52
御朱印日:2021年12月7日 12:40
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(tessunさん)
 31
御朱印日:2021年11月30日 12:40
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(jutasukeさん)
 31
御朱印日:2021年3月18日 00:00
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(ちゃこさん)
 30
御朱印日:2020年3月1日 15:00
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(nanaさん)
 40
御朱印日:2020年3月1日 00:00
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みんなの参拝記録
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(ちーちゃんさん)
おすすめ度:
0
 11
参拝日:2026年2月1日 00:00
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(あきおさん)
おすすめ度:
★★★★★
0
 10
参拝日:2026年1月17日 00:00
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(にるぼんさん)
おすすめ度:
★★★★★
0
 40
参拝日:2025年11月11日 00:00
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(ととるしさん)
おすすめ度:
★★★
0
 29
参拝日:2025年10月26日 12:55
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(たまさん)
おすすめ度:
0
 33
参拝日:2025年10月11日 12:01
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(童子切安綱さん)
おすすめ度:
★★★★★
0
 53
参拝日:2024年3月8日 00:00
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(ぽいこさん)
おすすめ度:
0
 70
参拝日:2022年4月2日 11:29
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(snow cafeさん)
おすすめ度:
★★★
0
 52
参拝日:2022年3月5日 14:58
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(けんこさん)
おすすめ度:
★★★★
0
 62
参拝日:2022年1月14日 12:26
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(tessunさん)
おすすめ度:
0
 20
参拝日:2021年12月7日 12:40
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基本情報
※地図上の表示位置はGoogleの位置情報を利用しているため、微妙に異なる場合があります。地図の表示位置は「情報編集」ボタンから修正できます。
| 住所 |
大阪府大阪市城東区中浜2−3−15 |
五畿八道 令制国 |
畿内 摂津 |
| アクセス |
地下鉄中央線緑橋北へ400m角、西へ300m |
| 御朱印授与時間 |
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| 電話番号 |
06−6961−0481 |
| FAX番号 |
06−6961−3845 |
| 公式サイトURL |
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| 御祭神 |
菊理媛神 |
| 創建・建立 |
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| 旧社格 |
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| 由来 |
白山神社は、菊理媛神(くくりひめのかみ)を祭神としています。創建年月は不詳ですが、明治5年(1872年)までは、白山権現と称していました。 応永(15世紀初頭)の頃までは中浜・鴫野・森の諸村の氏神でした。天正4年(1576年)織田信長が石山本願寺を攻撃した時、社殿を焼失しましたが、慶長8年(1603年)豊臣秀頼により再建されました。しかし、同19年(1614年)大坂冬の陣による兵火で再び焼失しました。元和3年(1617年)再建されますが、その後も幾度かの改築・修理が加えられ現在に至っています。 また、神社の境内にある「イチョウ」の木は、大阪府の天然記念物に指定されています。
祭神 菊理媛神(くくりひめのかみ) 壱座 当社に斎祀する菊理媛神と申し上げる神は、神代の昔伊弉諾・伊弉冊の二柱の御中にお立ちになって、御心を和やかにせられた神であって、常に親子・兄弟・夫婦・朋友にいたるまで相互間を守り幸え睦まじくせられる神であるから、氏子は申すに及ばず、世の人たちはすべて一日片時もこの神の御恩恵をこうむらないものはない。 当社の創立年歴は遼遠であるため詳しくわからないが、昔郡家の境界内にあった、宇安久土杜という小丘に崇祀した御社で、応永(室町時代)の頃までは中浜・鴨野・森諸村の氏神であった。 殿宇は宏壮、社頭は広漠、巨樹は鬱蒼としてこれを蔽い、おのずから崇敬の念を起こさせるものがあったが、天正四年(一五七六)、本願寺の主僧顕如が石山にたてこもり織田信長と交戦の際に社殿その他は烏有に帰した。 文禄三年(一五九四)、速水甲斐守の検地帳には、「氏神白山権現宮地 一反二十四歩除地」と記載してある。また、慶長八年(一六〇三)、豊臣秀頼が社殿その他を再建せられ、慶長十四年(一六〇九)、片桐市正の検地の際も除地となっている。 古来、端牛の日に流鏑馬式を行っていたので、慶長十九年(一六一四)十一月、徳川家康の大坂の役の時に、宮地は射馬に縁故があるとして、本多出雲守は陣屋と定められたが、社殿その他は兵燹にかかった。 元和三年(一六ー七)に大阪城在番城代の内藤紀伊守が再建せられ、延宝五年(一六一七)、青山大膳の新検地帳にも以前のとおり除地と記載してある。次いで享保六年(一七ニー)八月、本殿並びに拝殿を改築し、寛保三年(一七四三)三月、屋根葺き替え修繕を加えた。 明治五年(一八七二)、村社に列せられ、続いて権現号を廃し、社号を白山神社と改称せられ、また境内三百二十四年は官有地第一種となったが、明治十八年(一八八五)の洪水のため荒蕪地となったので、明治十九年(一八八六)秋から翌二十年夏に至るまで地所を検分せられ、元のとおり社地を定められ、のち、明治二十一年(一八八八)九月、および同三十五年(一九〇二)三月、屋根葺き替え修繕を行った。 大正四年(一九一五)十月、本殿及び瑞籬を改築し、昭和二年(一九ニ七)八月、境内模様替え・本殿屋根葺き替え並びに幣殿・拝殿及び神饌所を改築した。 平成三年(一九九一)十月、境内模様替え、本殿・幣殿・拝殿屋根を瓦葺から銅板に葺き替え、同時に本殿・幣殿・拝殿・瑞籬及び神饌所を改築し、権殿・稲荷社・歯神社の拝殿を新築。平成十四年(二〇〇二)十月、社務所を新築して現在に至っている。 昭和二十一年(一九四六) 二月、勅令第七十号宗教法人改正勅令附則第三項の規定に基づき、宗教法人の届け出をなす。同二十四年(一九四九)五月九日、大阪府古文化紀念物等保存顕彰規則により、境内地の公孫樹(イチョウ)を天然記念物に指定せられ、同年六月十六日、国有地を当神社社有地として譲与せられたので登記し、同二十六年(一九五一)四月三日づけ法律第百二十六号宗教法人法附則第五項の規定に基づき同二十八年(一九五三)十二月四日づけ大阪府指令総教第二五四四号をもって認証をうけ翌二十九年(一九五四)三月十日登記を終えた。 |
| 神社・お寺情報 |
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| 例祭日 |
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| 神紋・寺紋 |
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| 更新情報 |
【
最終
更新者】ととるし
【
最終
更新日時】2025/10/26 21:25:16
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